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【 チェイサーゲームW 】第6話 小説風にしてみた

冬雨は慣れないエプロン姿で台所に立っていた。
レシピを書くから、月ちゃんも大好きなクリームシチューを作ってあげてとわざわざ樹が書いてくれた。
可愛い樹自身のイラストも添えてある。

初めてうちに来た日に作ってくれたクリームシチュー。浩宇が帰ってこなくなり、毎日私達の日常の世話をしてくれた樹。わだかまりはあったものの少しずつ私達の距離は近づいていった。青山くんと浮気してなかったって分かった時、凍りついていた私の心が一気に溶けていくのがわかった。

「私は今でも冬雨の事が好きなの。」

そう樹が言ってくれた時、蓋をしていた想いが溢れ出した。互いを熱く求め合い樹とひとつになった私は、幸せを肌で感じ満たされた気持ちでいっぱいになった。

そんなことをぼんやり考えながらシチューを混ぜていたら、月を抱いた夫の浩宇が知らぬ間に横に立っていた。

浩宇は冬雨に声をかけようとするとレシピ帳が目にはいった。
春本さんのレシピ⋯?
気づいたが声には出さなかった。

「大丈夫?何か手伝おうか?」

「ううぅん、大丈夫」

樹のシチューは私1人で作りたいから手を出さないで⋯冬雨はレシピ帳を大事そうにぎゅっと抱えた。


その頃樹は赤いマフラーを大事に抱えながら大学時代を思い出していた。寒空の下、冬雨の事を待っていると

「わぁっっっ」

私を驚かせるように声をかけてきた。
冬雨は、そのまま自分の赤いマフラーを私に巻き、後ろから抱きしめてくれた。

私は昔から男女共に友達が多かった。
男子から告白されたことも何度かあったけど、誰かを好きになる気持ちが正直よくわからなかった。だから誰とも付き合った事はなかったけど、まだ恋愛に興味がないからくらいにしか考えてなかった。大学生になったら好きな人くらい出来るだろうと。

そんな時出会ったのが冬雨だった。
中国から来たばかりの冬雨の世話を焼いているうちに、冬雨はめちゃめちゃ私に懐いてきた。

「好きだよぉぉ」
「ハグしてぇぇ」

なんて平気で言ってくる。
こんなストレートに感情を表現してくる子は初めてだったけど、中国ってこれが普通なのかな?くらいに思ってた。
冬雨は気づけばそばにいるのに、探すと何処にもいなくて心配になる。まるでいつも気まぐれな猫のようで、私は気になってしかたなかった。そばにいないと寂しくて会えば嬉しくてときめく。
この気持ちが恋なんだと初めて知った。
そうして私は気づいたらいつの間にか、冬雨のことを好きになっていた。
初恋だった。
でも女の子を好きになってもいいのかな?自分の気持ちに戸惑い、臆病で勇気がなかったあの頃の私。

冬雨の態度は友達に向けるもの?
それとも好きな人に向けるもの?
私に向けるその態度はどっち?

確かめたかったけど勇気がなかった。
私はそんな事を思い出しながら、ベッドの上で思い出のマフラーを抱きしめていた。

その時ふたばちゃんから電話がきた。石井輝義先生とSNSで匂わせをしたせいで、DD社が天女世界のゲーム化をすること、参加スタッフが世間にバレちゃいましたーって。


翌日出社した冬雨と樹は本社からのメールを確認した。

「世界中のSNS上でかなり話題にのぼりましたね。このまま進めて下さい。成功を祈っています。」

ふたばちゃんのした事も、呂部長からダメだしされたスタッフも何も問題ないらしい。

その時2人の視線が呂部長の足に向いた。昨日樹が突き飛ばしたせいで、テーピングを巻いている。

「呂部長。昨日の事ですが、申し訳ありませんでした。」

「話は済んだから謝罪しなくていい」

結果、樹は呂部長によりプロジェクトから外され、代わりに冬雨によって他部署へ追いやられていた高橋美咲が帰ってきて、チーム内は微妙な空気に包まれた。


いつものカフェのロフトで、いつものようにパンケーキを食べながら、樹と冬雨は話していた。

「呂部長のスパイは高橋さんだと思う。1度プロジェクトから外されたのに、呂部長の指示で戻ってくるなんてありえないし。」

そう言い終えた冬雨の口に、樹は自分のスプーンですくったパンケーキを入れた。冬雨はあたかも自然に口を開け、スプーンを口に迎え入れた。

「きっと2人の間に取引があったに違いないよ。」

今度は冬雨が樹の口に自分のスプーンを運ぶ。

「でも、美咲しゃんはそんなことするような人じゃ」

食べながら話すと樹の言葉はいつも赤ちゃんのようになってかわいい。

そして、樹はまた冬雨の口にスプーンを運んだ。

2人は会話をしながら交互に自分のスプーンですくったパンケーキを、相手の口に運んだ。樹が冬雨の口に優しくスプーンを運ぶのとは対照的に、冬雨は樹の口に押し込むようにスプーンを運ぶ。仕事に非情になれない樹の優しさがもどかしいとでも言うように。

「美咲さんがスパイかどうかは私に調べさせて。」

「いいけど、どうやって調べるの?」

冬雨は樹の口の横についたクリームを、小指で優しく拭ってやりながら聞いた。

「DD社にはこういう時の為に役に立つ人がいるから。」

樹が信頼する人って誰よ?
私の知らない人?
冬雨はその人にちょっぴり嫉妬して

「ふぅぅぅーん。」と返した。

樹って昔からそうだったな。
天真爛漫でまっすぐな樹は人を疑うことを知らない。男女ともに友達の多かった樹は誰からも好かれていた。
人当たりもよく、面倒見のいい樹は誘われることも多かったし。そんな樹に悪い虫がつかないように、私はいつでもどこでもイチャイチャしてみんなに見せつけた。樹は私のものだよーって、何気にアピールしてたんだから。
奥手な樹は私にされるがままだったし、純粋な樹は私のそんな邪心に全く気づいていなかったよね。
ベッドの中であんなにイチャイチャしても、ほっぺへのキス止まりでホントのキスはいつまでもたってもしてくれなかった。私は樹のキスをずっと待っていたのに。
でもね、樹。
初めてのキスはやっぱり樹からして欲しかったの。なのに樹がしてくれるのを待ってたら私おばあちゃんになっちゃうじゃん。だから待ちきれずに

「キスしてぇ」

って、おねだりしちゃった。
樹が震えてたのはわかったけど、実は私も震えてたの気づいてた?
だって私も初めてだったんだもん。

「冬雨って経験豊富そうだね。」

樹にそう言われたけど、そんなわけないじゃん。経験豊富そうなふりをして誘いでもしないと、樹がいつまでたっても何もしてくれないからそう見せてただけ。

「何でいつまでもキスしてくれなかったの?」

そう私が後から聞いたら

「口へのキスは特別だから⋯。私でいいのかずっと悩んでた」って。

真面目な樹らしくて笑っちゃった。

パンケーキを口に入れながら何かを思い出したようにニヤける冬雨に、樹は紙袋から取り出したマフラーを見せて聞いた。

「ねぇ、これ覚えてる?」

そのマフラーのほうに冬雨がにじり寄ってきた。

「まだ持ってたんだ」

そう聞く冬雨に樹はくるっとマフラーを巻いてやり、反対側を自分にも巻きつけた。
左腕で優しく冬雨の肩を抱くと、
冬雨は樹の肩に頬を寄せてきた。

「ずっとこうしてたいね。」

冬雨の顔に視線を向ける。
冬雨は樹の優しさに包まれる。

「いつきぃぃぃ」

甘ったるい声で呼びゆっくり顔を上げた。樹と目を合わせるとまた樹の胸に顔を埋めた。

「うううぅん、何でもない」

舌っ足らずな声をだした。

「なぁによぉ。気になる。」

冬雨は知っていた。樹は上目遣いにとっても弱いということを。
その取っておきの上目遣いでこう言った。

「すきだよぉぉぉーって、言いたかっただけ。」

「私も」

樹はまんまと冬雨の上目遣いにやられ、冬雨の頭を優しくなでている。そんな冬雨の艶やかな髪から香るシャンプーの匂い。昔と同じだね。
樹は昔と変わらない冬雨を見つけた気がして嬉しくなった。

そして2人とも目を閉じ
「この時間が永遠に続きますように。」
そう願った。

しかし、その2人の幸せを壊すようなシャッター音が鳴ったことに、お互い気づいていなかった。


次の日冬雨とふたば、そして綾香の3人はネット記事を見ていた。
「DD社が天女世界で違法に金儲け」
内部事情に詳しい者が出した記事だった。スパイがこのチームにいる⋯。皆は高橋を疑ったがどうやら違った。
じゃあ、久保結菜?いや、違う。

「まさか、莉沙?」

そのまさかだった。

そして、呂部長はSNS上のニュース記事の事は知らないと否定した。そしてそのニュース記事がもとでヴィンセント本社から、ゲーム開発について再考したいとメールが届いた。

その頃樹は特務課の本田と会っていた。
信頼出来る人と言っていたあの人物だ。
スパイの調査結果は⋯な、なんと樹の親友「青山」だった。
呂部長と密会しあのニュース記事を書いたのは青山だったのだ。

そして呂部長はもう1つ調査を青山に頼んでいた。

「春本樹と林冬雨がかつて付き合っていたのは事実なの?」

「事実です。正確に言うと2人は今でも付き合っています。」

そう言って青山は写真を取り出した。
なんと、あのカフェで写真を撮っていたのは青山だったのだ。

呂部長の狙いは何なのか?
そして青山はなぜ親友の樹を裏切ったのか?

やっと心が通じ合った樹と冬雨の未来に暗い影を落としていた。

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