
【ピリカ文庫】「何それ。気持ちワル」
久米と出会った夏の日のことを、俺は鮮明に覚えている。
仕事帰り。最寄り駅に着いた途端の雨。家まで10分。傘は買いたくない。止むまで待つのも悔しい。かといって「ワーッ」って走りだすのもダサい。
駅の出口で立ち尽くす俺の前を、軽やかに通り過ぎる1人の女性。これが久米だった。夏の夕立だからそれなりに降っているが、彼女は平然と歩きだす。雨なんて降ってないかのように。
何だか励まされた気になり、俺も歩きだした。たまたま帰る方向も同じようだ。仲間がいるという喜び。しっかり濡れているが、一向に気にならない。
雨足は強さを増すが、淡々と歩く彼女の背中が、俺の胸を熱くする。最早ずぶ濡れだが関係ない。
2分後、完全なる豪雨と化した。流石に厳しくなったのか、彼女が目の前のカフェの軒下に避難した。俺は思わず声を上げた。
「あー抜け駆けずるい!」
「・・・え?」
「あ・・・いや・・・すみません・・・」
「アハハ!さすがにもう厳しいかなってw」
「ですよね笑」
「私たちくらいですね。傘ささないで歩いてるのwww」
「2人だけ川に落ちた感じになってますね笑」
「アハハ!」
初対面なのに、ずぶ濡れで2人で大笑いした。
**********
「どうよ。こういう出会い方」
「何それ。気持ちワル」
運転席の俺に、久米が気持ちよく言い放つ。
「こういうの、憧れるんだよね」
「ストーカーじゃん。てか、ウチ絶対傘さすし」
「まーまー、今日限定ってことで笑」
「多分、話合わせながら鳥肌立っちゃうわ・・・」
久米を連れて、俺は地元に向かっている。高速で約2時間。出会い、付き合うきっかけ、普段の感じ。事前の打ち合わせに丁度いい所要時間だ。
「徳永のおじいちゃんってどんな人?」
「畳職人だったんだよね」
「へぇ」
「すごく明るくて、良くしゃべる人」
「徳永、おじいちゃんの血メッチャ引き継いでんじゃんww」
「ただ、入院してから元気なくなっちゃって」
「そーなんだ」
「うん。末期だからってのもあるけど、病院で独りが何よりツラいみたい。最後は家で看取ってあげたいねって、家族とも話してる」
「そっか」
首都高速を抜けて中央道に入ると、幾分流れるようになった。
「久米ありがとな。こんなこと引き受けてくれて」
「何今さら」
「こんなの他の人に頼めないし」
「あんな真剣な顔で『じいちゃん孝行したいんだ!』って迫られたらさぁ。こっちも断れないじゃんw」
「申し訳ない笑」
「ウチね、おじいちゃん孝行出来なかったんよ」
「そうなんだ」
「だから、徳永の気持ち、少し分かるっていうか」
「ありがとな」
「てか、ウチ誘わないで、自力で彼女見つけろよって思うけどw」
「本当はね。ただ、ちょっと間に合いそうにないから」
そう。今日に限っては、結婚を前提にした恋人同伴の体だ。初孫を抱かせるのは叶わずとも、せめて安心させてやりたい。じいちゃんは俺の結婚をずっと心配していた。きっと喜んでくれる。そして少しでも、明るさを取り戻してもらいたい。
「アッ!」
暫し黙って山深い車窓を眺めていた久米が声を上げた。
「どした?」
「今日って04/01じゃん!」
「うん」
「そっかーわかった」
「何が?」
「今日はエイプリルフールだから、ウチを偽恋人として連れてくのか。嘘ついても良い日だもんねw」
「いや・・・別にそーいうわけじゃ・・・狙ってないし」
「最後にネタバラシするの?」
「しねーよ笑 じいちゃんガッカリさせるだけじゃん」
「まーそっか。そーだよねw」
「おふくろと妹には後でちゃんと言っとく。じいちゃんにだけ、真実になればそれでいい」
「うん」
最寄りのインターを降りる。15分で病院だ。
**********
久米は、面会時間ギリギリまでじいちゃんと話してくれた。実家では、おふくろや妹と一緒に晩ご飯の支度まで。食後は女子トーク。気が付けば23時だ。『泊まっていけし!』おふくろめ、最初からそれが狙いか。てか久米。何お前も名残惜しそうにしてんだよ。
俺は明日新潟出張で5時起き。久米も明日仕事だ。お袋の引き留めを振り払い、俺たちは夜中の高速に飛び乗った。
「ごめんな。こんな時間になっちゃって」
「ダイジョブ。明日遅番だし」
「『泊まっていけ』とか、ホントアイツは・・・」
「アハハ!ウチは泊ってっても良かったんだけどw」
「俺明日5時起きだっての」
久米が来てくれたことに、みんな大喜びしてくれた。「こんなに楽しいのは久しぶりよ~」と喜ぶお袋を見て、さすがに今日の今日でネタバラシは出来なかった。
「ホントありがとな。このお礼は必ずするから」
「いいよw ウチも楽しかったし」
久米は真っ暗な車窓を眺めている。
「・・・俺に気遣わないで、寝てていいぞ。東京着いたら起こすから」
「ううん。余韻に浸りたいから起きてる」
やっぱ、仕事ずる休みして泊まっていけばよかったかなと今さら思う。
「なぁ久米」
「ん?」
「次のパーキング寄っていいか」
「うん」
「月が見たくなった」
「何それ。気持ちワルwww」
2人で大笑いした。
**********
時刻は23:57。俺らは真夜中のパーキングエリアに車を止めた。
「トイレ行ってくるわ」
「うん」
「久米は?」
「ダイジョブ」
「何か飲みもんとかいるか?」
「ううん。ダイジョブ。待ってる」
ただ、頭を冷やしたいだけだった。アカンぞ。じいちゃんを喜ばせるためだったんだぞ。マジになるなよ俺。トイレの周りを2~3分、あてもなく歩いて戻る。
久米は車の外に出て、ドアに寄っかかって空を見上げていた。俺に気付くと、ほら見て!と言わんばかりの笑顔で、月を指さす。
無理だ。やられた。
ごめんじいちゃん。
俺はチラリと時計を見た。00:02。
04/01は終わった。
俺は決めた。久米夏海に、好きだと伝えよう。「何それ。気持ちワル」ってまた言われるかも知れないけど、ウソだと思われることは、ないだろうから。
---------------------------------------------
テーマ「エイプリル・フール」で書いてみたぜ٩(๑•̀ω•́๑)۶
ピリカしゃん、お誘い○┓アリガトン
すまスパでの朗読も楽しみや~( ●´ސު`●)