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「職業+さん」への違和感
学生時代、マクドナルドでアルバイトをしていた。開店前のシフトが多かったわたしは、メンテナンスマンと呼ばれる夜間清掃アルバイトの人と仲がよかった。数年後、あるメンテナンスマンのブログというのを見つけて読んだら「『メンテさん』と呼ばれたくない」と書いてあった。名前で呼んでほしいというのではないようだった。「さん」という呼称に、侮蔑のひびきを感じるのだと書いてあった。
それを読んだ当時、わたしは会社員で「職業+さん」という語を使う人は周りにいなかった。この語についてマイナスの語感もなかったが、学生時代のバイトを思い出した。わたしはメンテの人と仲良かったのにな。彼は「さん」と呼ばれることをどう思っていたのだろう。聞いてみればよかったと何度も考えた。
それから二十年ほどが過ぎ、翻訳会社に勤務していたときである。外注翻訳者を「(翻)訳者さん」と呼ぶ管理職がいた。「訳者さん見つかった?」「訳者さんはこうコメントしてる」といった風に使う。その人は、敬称以上なにかの意味があって「職業+さん」と呼んだのではないことも、外注スタッフを下に見るという姿勢もないこともわかっていた。それでもわたしは、なんとなく違和感を覚えていた。だが周りの誰も、そんなことを考えもしないようだった。
いま、フリーランスのわたしは出版社でオンサイト勤務をする日がある。外注というポジションで、客先の机を借りて編集や校正・校閲の業務をしているのだ。ここはアルバイトが多い会社で、社員の人たちは「アルバイトさん」と彼ら彼女らのことを呼ぶ。自分自身は「外注さん」「校閲さん」と呼ばれたことはなく、みな「久松さん」と呼ぶ。だが、自分のことではないのに、この「アルバイトさん」という呼称がどうも気になって仕方ない。
なぜだろう。ずっと考えていたのだが「さん」は第三者に使う敬称だからではないか。「さん」という語で一線を引き、「自分たちとは違うグループの人」と位置づけている。
マクドナルドで「クルー」と呼ばれる昼間の調理・接客アルバイトからは、夜間清掃の「メンテさん」は自分たちとは違う人。雇用市場ピラミッドで最上位に位置する正社員にとっては、学生が多く、淡々と作業をこなす「アルバイトさん」は自分たちとは違う人。そんな心理が無意識に働いているのではないか。
わたし以外にこの呼び方が気になるという人に出会ったことがないので、「職業+さん」に不快感を覚えるのは、自分ひとりだけなのかもしれない。
もちろん、八百屋さん、魚屋さん、お肉屋さんといった語にはまったく違和感がない。これもなぜなのかわからない。たぶん、生涯考え続けるテーマになりそうだ。
画像:自宅近所の花壇。チューリップの見頃は1週間ほど先だろうか。