meria 二章 - 5

「そこの男、止まれ」

真っ赤な衛兵服に目隠しをした男が、闇市という地域へ向かう裏路地に入ろうとする者を制止した。
止められた者が何も言わず立ち止まり、男の方へ向き直る。真っ白い布地に金色の装飾が描かれたローブを目深く被っていて顔はおろか性別すらも分からない出で立ちだ。しかし、衛兵の男は迷わずそのローブ姿の者を「男」と呼んだ。
呼び止められても一切喋ろうとはせず、ローブの男は両手を顔の前に組み、祈るような仕草を見せる。彼の着ている金色のローブは「教会」と呼ばれる組織の物。いわゆる宗教組織で、このローブを着ているものがこの動きを見せることは自身が信者である事を証明するものだが。

「もうその下手な芝居は止めにしないか誘拐犯さん」
「寝言はその目隠しを止めてから言え」

目隠しをした衛兵の挑発に初めてローブから若い男の声がピシャリと反論を返した。
未だローブの中は見えず、確認できるのは男の肩付近まで伸びたエメラルド色の前髪が覗くくらいだ。何があっても顔を見せようとしないよう俯きがちの姿勢で話し、口元すら見せようとはしない。

「寝言ではない。これ以上この街の人間が誘拐されるのは治安を守る衛兵隊長として許せないし、貴様のような誘拐犯がいつまでも居座られるのは非常に迷惑だ」
「ならさっさと注文のものを完成させるように伝えるんだな。完成したらこの街に用など無い」

男はフード更に深くかぶるよう布端を引っ張る。一瞬、黄色みの強い緑の瞳が鋭く光った。獲物を狙うように細長い瞳孔がじっとこちらに向けられている。

「例の物も完成には微調整で微妙な材料が必要なんだろう?それで街や闇市から女を誘拐してる」
「奴の噂通りの覗き魔のようだな。何が治安を守る衛兵隊長だ」

やれやれと大きな息を付いた男は姿勢を崩し、ローブの中から煙管を取り出し先に息を吹きかける。すると一瞬で小さな火が点き男はそれを咥えて煙を吹かし始めた。どうやら話は聞こうという答えのようで、男は早く要件を言えとばかりに煙管を振って見せた。

「誘拐されても誰も困らない女の心当たりがある。それでさっさと完成させて街から出ていって欲しい」
「はっ……衛兵が誘拐の斡旋とは世も末だな」

治安を守るという事が使命であるという衛兵隊長の当人から誘拐を勧める言葉に呆れた。別に女という名の材料は今すぐに必要なものではなかった。いま注文をしている物をつくってる奴が必要と言えば拐って使った方が都合がいいとさえ思っている。
が、彼の言う女というのが男は気になった。

「誘拐されても困らないとはどういうことだ」
「身元不明の小生意気な娘だ。訳有りで無理やり街に入れたやつが居て色々誤魔化さなきゃならんのだよ。ほんと迷惑な話だ」
「……どんな娘だ」
「まぁこれといって特徴もない、角が短すぎて髪で見えないくらい冴えない娘だったな。変な服装で藍色のひらひらした布を履いて結構目立ってた。服飾の質は意外に高級感があったから案外同じ――」

衛兵隊長の台詞が終わる前に、小さな袋が投げられ話は途中で終了してしまう。
袋の中には金貨がいくつも入っていて、なんだこれはと理解できず困惑した様子で覗き込んでいる衛兵隊長にローブの男は情報に対する報酬だと説明した。

「買ってやる」

男は腕を使って煙管の灰を地面に向けて叩き落とし、それだけ言うと裏路地へと消えていった。後ろでまだ何か言っている衛兵隊長の事などもう気にも留めない。
黙々と路地を進んでいた男は何か思い出したように口端がぐにゃりと歪み、人通りの増えだした闇市の中心ですれ違う人々にすら聞こえない小さな声で呟いた。

「見つけたぞ……角無しの娘……」

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