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晴れた日は雨の日をおもって

 雨の日はきれい。自分が濡れるのでさえなければ、たくさんの雨粒が降ってくるあの様子はいつでも嫌いじゃない。一番好きなのは、すりガラスに打ちつける雨で、あれは風流だと思う。
 
 高校のころ住んでいた寮で、部屋にいたら雨が降ってきた。寮のおばさんは親切にも、1階の管理人部屋から「雨降ってきたよ~」と叫んでいた。外に洗濯物を干していた寮生が、バタバタと取り込む音が聞こえる。
 
 そのとき勉強机に向かっていたのをやめて窓のほうを見ると、雨がすりガラスをバタバタと打っている。ただでさえぼんやりとしか見えない外の風景は、いつもに増して解像度が低くなり、灰色とも青ともつかない色が広がっていた。
 
 寮の、自分の部屋のあった方向は畑に面している。窓を開ければ、畑と空が視界を二分する。それらがまるで、絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜたみたいに一緒くたになって見えるのは、雨の日の特権だと思った。
 
 結局、その建物には1年ちょっとしか暮らさなかった。住んでいる途中に耐震構造に問題があることが判明し、寮生は全員、移動を強いられた。わたしも荷物をまとめて、もっと都会にある狭い部屋に入るために、引っ越しの準備をした。
 
 引っ越し業者はどこだったか覚えてない。寮を経営する側が、そこらへんで安く頼んだんだろう。業者は荷物を移動させるついでに、トラックの助手席にわたしを乗せた。煙草くさいおじさんが「行くとこねえ、にぎわってはいるけど、人の多いところは危ないからねえ。襲われないようにね、美人だから」とふざけながら運転する車で、新しい寮に運ばれた。
 
 新しい部屋は大通りに面していてうるさかった。雨が降っても風流どころの話ではない。窓ガラスは普通のガラスで、2階にある自分の部屋は通りから丸見えになる。それでいつもカーテンを引いていたから、窓からなにか見たという記憶がほとんどない。
 
 唯一印象に残っているのは、8階に住んでいる先輩の部屋から見る光景だ。8階まで上がると、さすがに通りから見えることはない。むしろ一方的に見る側に回るのであって、たぶん先輩はしょっちゅうのようにその特権を行使していたんじゃないか。
 
 話し込んでいるときにパタパタと雨の音がして、先輩がちょっと嬉しそうに「あ」と言う。「もうちょっと待ってね」と言うから、わたしは何が始まるのかなと思った。彼女は少しワクワクした顔のまましばらく時間を置き、それから窓のほうへ近寄って「ほらほら」と言った。
 
 下を見ると、人々が傘を差していて、上からは傘が歩いているように見える。水玉、青、黒、透明なビニール傘、中には絵画のプリントされたのもある。
「みんな傘差し始めたんだよ。あれねー、色とりどりで見ててなんか楽しいよね」
 
 先輩は、ニコニコしたいのを控えめに抑えているような表情で下を見ていた。子どもみたいだなと思った。

 
 雨の日は好きだ。自分が濡れるのでなければ。紫陽花も、梅雨の時期に似合う青緑色の服も、髪の毛が湿気を吸ってふわふわするのだって嫌いじゃない。会社の窓に打ちつける雨が風景をゆがませるのも、人々が降り始めのとき次々に傘を差し始める光景も。
 
 なんで今日こんなことを思うのか、よくわからない。七夕の日に引っ越してきた地域はひどく暑くて、夕方になっても日傘を差していたら、夫になった人が笑っていた。あれえ?いま雨降ってるぅ?
 
 だけどそのうちにわか雨が降り出したから、傘を分け合おうとした。夫はいいよと言った。ぼくは多少のことではびくともせえへん、これくらい大丈夫や。君が差しとき。

 雨はすぐに止んだ。
 
 自分より一足早く結婚した先輩は、いまどうしてるんだろう。実は同じ街に越してきたことを、まだ伝えられてない。

本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。