「○○な国」が理想

「生きやすい社会になってほしい」という思いがずっとある。それがどんな社会なのか、一言でまとめろ!と言われてもできないから、自分の「生きやすい」の内容を並べてみる。

例えば、満員電車がなくなる/緩和されること。
狭い車両の中に人が寿司詰めになっている光景は、どう考えても不健全だ。痴漢を槍玉に上げる前に、その温床になっている満員電車のほうをどうにかしたほうがいい。鉄道会社の痴漢防止ポスターを見る度に「君らの仕事はそこじゃない」と思う。「満員電車をなくす」このことに本気で取り組んだ方が、よっぽどよくないか。

あるいは、暑い日に上着を着なくて済むこと。
クールビズ運動の影響もあって、ジャケット姿の人は減りつつあるけれど、その流れがもっと加速したらいいなと思う。暑い日に上着を着ないのは、ただの自己管理であって、失礼でもなんでもない。ある会社の社長は「ぼく謝りに行く時ですらスーツ着ないよ。スーツで許されるんならいくらでも着るけど」と言っていた。大事なのはジャケットじゃなくて仕事の内容だ。
無駄なことはやめよう。それを「マナー違反だ!」と言う人のことは、時代に置いていこう。

それから、地方と都会の行き来が楽になること。
二拠点生活をする人が地味に増えている。活性化する必要のある地方にとっては、悪い話じゃないと思う。新幹線や航空券の値段が、もう少し安くなったらいい。知人の中には、名古屋に家を持ち、週に二、三日を東京で働いて過ごす人や、半月は東京、半月は秋田で暮らす人もいる。働き方もそれに合わせて、どこか一箇所に住んで働くのではなく、いくつか拠点を持つことがポピュラーになってほしい。

あるいはもっと身近なことで。
子育てが楽になってほしいし、日々の家事の負担が減ったらいいと思うし、不登校の生徒の選択肢が増えたらいい。LGBT(レズ、ゲイ、バイ、トランスジェンダー)の人々への理解が進んでほしいし、無意味な飲み会や会議は失くしたらいい。色々ある。そういうのをひっくるめての「生きやすい社会」。裏を返せば「息苦しい」「生きづらい」と感じることが極力ない世界。「みんな我慢してるんだから、お前も我慢しろ」ではなく、みんなが楽にいられることを目指す社会。

もしそういう考えを一言でまとめろと言われたらこれだ。
「賢くて生きやすい国」
強く美しい国よりも、賢くて生きやすい国で暮らしたい。そんな思い。

本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。