大人の自分のイメージ

小学生の時に思い浮かべていた「将来の自分」

中学、高校に制服を着て、学校へ行く姿は想像出来ていた。
その先の自分に、スーツを着せて、パソコンを操作させるように何度かイメージしようとした。
しかし、うまくイメージできなかった。
イメージできなかったと言うよりも、それは自分が望んでいる「将来の自分」ではなかった。

小学生の時の自分が思っていた「よくいる大人」。
スーツを着て、高いビルの中でパソコンを操作して、疲れた顔をして家に帰り、髪を解いて、カバンやコートを投げ捨てるように床に置いて、寝床に倒れ込む。人によってはそれを毎日、年老いるまで続けるんだと思ってた。
こんな大人になんてなりたくないと思っていた。

現在の自分が主としてやっている仕事は、
スーツを着て、パソコンを操作して、疲れた顔をして家に帰るような仕事。
子どもの頃の自分が1番やりたくなかったことだ。
大人になった今でもやりたくないと思ってる。
それなのにやっている。
そこに明確な理由はない。
学び得るものもない。なにか少しぐらいはあるだろと思うけれど、今までに学び得てきたことと同じことが繰り返されているだけで、楽しさがない。こんな事を定年までするなんて、考え難いというか、耐えきれない。

なぜこんな楽しくない仕事を無理してしてるのか。

高校を卒業する時点で、金が無かった。学業の合間でアルバイトはしていた。でもその稼いだお金は自分の生活費にまわさなければいけなかった。貯金できる余裕もなく、生活は崩壊している状態だった。衣食住がギリギリだった。
イラストを描く仕事がしたくて専門学校や美大の資料も揃えていたけれど、「自分に合いそうな場所がない」と言って進学をしなかった。でも本当は、現実的に考えて全くお金が無いからムリだと分かってて諦めた。
すぐ就職するしか無かった。学校に行きたいなら、自分でお金を貯めてやるしかなかった。
でもそんなうまいこと進んでいかず、就職した職場で自分は壊れて闇に落ちた。深い悲しみに落ちた。光の射さない孤独な場所に閉じこもった。
心が壊れて体も壊れた自分は、貯めていた僅かなお金を切り崩して治療費にした。遊ぶことも減って、食事もまともにとれていなかったので、少しは貯金があった。でもやがて底を尽きた。

あんな壊れるようなことが無ければ、今頃もうすこしまともな生活をしていたかもしれない。
今は、また、貯金もする余裕がないほど切り詰めた生活。
でも楽しさもない仕事の日々。

心の中で何度も反響する。
「なんでこんな事やってんだよ!」

でも、Twitterやここなどで、マイペースにイラストや文章を更新し続けているのは、忘れかけていた子どもの頃の夢と、出来た目標が諦めきれないからだ。

切り詰めた生活が続いているから、貯金なんて出来ない。
でもだからって諦めることも無い。
自分で進んでいくしかないのかもしれない。
正しいルートがあるのかもしれないけれど、
出来ることをやっていくしかない。

楽しくないと思ってやっている仕事の合間に絵を描いていると、病みかけてる心が浄化されるような感覚になる。
いけるところまでいってみよう。
そうじゃなきゃ諦めがつかない。

楽しくない仕事もやめて、少しは楽しい仕事か、もう少し役に立ちそうだと思う仕事へ移ろう。

もっと楽しい人生にしたい。

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