僕の経験した幻聴
見える景色がすべてではなく
内面にも健康的な方が見る景色以外にも目に見えない景色が存在する。
見えている物がすべてではないと否定的なことではなく、内面にある心の状態を大切に出来れば小さな衝突をさけられると思います。
今は幻聴は無いのですが、幻聴があった時、木が喋って来たり空から声が聞えたり、本から声が聞えたりと悩まされたのですが。
それも今は経験のみ残せています。
木々と話が出来ている感覚は、幻聴の中では良かったので自分が何か神様から与えられた能力だと勘違いしていました(笑顔)
きつかったのは、生きる意味や生きる事すべてを否定する幻聴がキツかったのを13年経っても覚えています。
誰にも打ち分ける事が出来ず、最初神様からの試練と思っていましたので命を落とさなくて良かったです。
そういう経験の中で、命の重みや言葉の重みを自分なりに学んだと思っています。
「腹を切れ」と一日、数十回聞こえてくる日もあって、切腹という時代があったことを垣間見たりしてどれ程辛いのか経験しました。
数年間は、孤独の中にある孤独を経験しました。
すべてを否定されても生きる希望を持てたのも、一つ一つの声掛けだったり、本当に小さな感謝される事を見えない声に傾けれた事があるからだと思います。
勿論、病院での医師や看護師さんのお声掛けもありましたが
やはり自分自身の声が一番変化することが、この病気の何よりの一番の薬だと思います。
表情が暗かったり、何もしなくても辛かったり、キツかったりと健常な方は理解しにくいのですが、10数年向き合ってようやく、自分の一番キツかった過去に対して仲直り出来ているのだと思っています。
僕は、20代後半で発症しました精神疾患。(24~25は妄想がありましたが)
命の灯が今も続いている事を考えるだけで幸せに思えます。
自分の経験が少しでも心を和らげることに繋がったらと思います。