アンチテーゼ~探し物なんていらない
探し物は何ですか?
見つかりにくいものですか?
うん、見つかりませんよね。
そして探していないときに見つかるものでもある。
この話を理解していただくために、僕の体験をお話しましょう。
20代の頃、煙草を部屋で吸っていてふと、灰皿がない事に気づきます。
「あれ、灰皿がない」
僕は探し回ります。たかが6畳の部屋、煙草の灰を床にカーペットに落とさないように、お菓子が入っていた長細い四角い缶に丸い陶器の灰皿を入れて使っていました。
その時は確か・・・SF(スーパーファミコン)のFF4(ファイナル・ファンタジー)をやってたかな。或いはロマンシング・サガかもしれませんが、社会人なり立ての僕はゲームをプレイしながら煙草をチェーン・スモークするのが休日の過ごし方でした。
「いや、ないはずはないんだ」
ゲームをする前に当然に煙草と灰皿とインスタントコーヒーは電源を入れる前に必ず用意していました。だから、そんなはずはないんですよ。絶対に“灰皿は用意した”のです。
歯を磨くのに歯ブラシと歯磨き粉とコップを用意するように、お風呂に入るのに着替えとタオルを用意するように、それは当たり前のルーティン、習慣なんですよね。
でも“僕の視界”には“缶に入れたいつもの灰皿”は目に入らなかったのです。うん、そう、その探し物は“絶対に見つからない探し物”だったのですよね。
つまりですね。その日、僕はいつもの灰皿セットが汚れていたので洗ったんですね。洗ってまだ水滴がついているから、いつもの灰皿ではない”缶の円筒状の灰皿”を用意していたのです。
この時僕が何を思ったかというと、灰皿が消えた! って。そして何を考えたかといえば、これはご先祖様が“お前は煙草吸いすぎだから灰皿を隠してしまえと、神隠しよろしく灰皿をどこかに隠してしまったなどと妄想してしまったわけです。
おかしいですよね。
灰皿は――僕が探していない灰皿は目の前にあるのに、僕の認識力ではそれを灰皿として認知しない。だから探しても見つからず、消えたと思ったわけです。
こういう経験をした人が他にいるかどうかわかりませんが、京極夏彦のデビュー作(だったかな?)『姑獲鳥の夏』というミステリーサスペンス小説(ウルトラマンなどの特撮作品の監督で知られる実相寺昭雄により映像化されている)のネタにも使われています。
それが死体だと誰も気づかなかった。いや、見えているのに認識できなかった・・・というような物語です。
この作品を人から紹介されて読んだときの僕の衝撃は、ある意味僕の物書きとしての、或いは創作者としての気構え、心構えを変えました。
”自分が考え付くようなことは、必ず他の誰かが既にやっていると思え”
つまり僕はいつかこの体験を元に、人は認知力がどんなにあろうとも、思い込みや既成概念から自由にはなれないという事象――僕が灰皿を探しながら、灰皿を”見失う”ような”認知の落とし穴”に人がどのように陥るかという話をネタに小説を書こうという目論見を打ち砕かれた気分になったのですが、そもそも僕が気づくような”落とし穴”なんてものは、先人が誰もはまっていないはずがないのですよね。
だから既出のネタであっても”知らないことは、何もかも新しい”と信じて、自分らしくそのネタで物語を書く勇気や創意工夫が出来ない程度ならば、小説を書いたり、曲を作る資格はないって思ったのですね。
いや、言い聞かせた――と言ったほうが正しいかな。
さて、ここからが本題。
つい、今日の夕方の話なのですが、新しく? 電子煙草を購入して吸い始めたのですが、こいつが僕の認知の中にまだまだ入っていなくてですね。まぁ、よく「あれ、どこに置いたっけ?」と僕の目の前から消えるのです。
それはなぜかといえば、”煙草を充電する”なんていう経験が真新しいもので、いつものようにポケットの中とかいつも”煙草が置いてある場所”を最初に探してしまうからなんですよね。
探し方が悪いと言ってしまえばそれまでなのですが、新しい経験がもたらす、古い習慣からの脱却というのは、なかなかに難しいものなのです。
たとえば新しいものを探すとき、それは古いものを検索対象から排除し、”新しい、今までにない”をキーに探し出すわけなのですが、充電をする煙草というのは、新しいようで、実は新しくない。
もしも電子煙草が古い形を何も残さずに・・・つまり、パッケージがまるで新しいもの、今までにないデザインであれば、人は簡単にそれを異物として認識できる。そして携帯電話やスマフォ、それらのバッテリーとまったく違う形状なのであれば、異物として認識できるのですが、まぁ、ぱっと目に区別がつかないような形状をしております。
はい、これは半分くらい”出来ない言い訳”をしているのでございますが、経験に溶け込む非日常やあまりにもかけ離れた非日常というのは、人は簡単に認識する事ができないのですよ。
そんな探し物、簡単に見つかるはずもない。
探し物はなんですか?
見つかりにくいものですか?
いえ、それはずっと、ずっと身近に溶け込んでしまって、認識できないだけなのかもしれませんよ。
灯台下暗しなのかもしれません。
まぁ、そういう時代の移り変わりの中でふっと現れる中途半端な新しいものなど、いらないのかもしれませんね。