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アンチテーゼ~自分らしさなんていらない

 ”めけめけ”という名前は、トップでご案内の通りフランス語で「だけどそれがどうしたの?」という意味の言葉で、最初は僕の名前、kakemaのアナグラムでなんか面白い言葉ができないかなと、makaでまかまか=摩訶不思議みたいでいいなと思ったんですけどね。
 ところがそういうゲームソフトがすでにあって、なんかちょっとダサいかもって思ったので、その言葉に近い”めけめけ”って音の響きを思い出したんですよ。
 それは『スネークマン・ショー』※1というアルバムに収録されていた「メケ・メケ」※2という曲で加藤和彦さんがドクターケスラー名義で歌っていたのですが、それがもともと美輪明宏さんが歌っていたシャンソンであることは、後々知ったのですが。
 そんなわけで”大好きなYMOが絡んでいる『スネークマン・ショー』に収録された曲から名を取りました”という物語が自己紹介するにもちょうどいいということになり、僕は”めけめけ”と名乗るようになったわけです。

 めけめけが生まれたのはツイッターのアカウントを取得したのが2009年の12月ということなので、気が付けば10歳なわけなのですけれども、人間の子供のように自我が目覚めるにはそこから数年の月日を要しました。

 当たり前ですが、それまでにはkakemaらしさというのは存在していましたし、物書きを始めて自分の作家性というか、それほど立派なものではないのですが、創作者としての自我もそのあたりから始まったことになります。

 だいたい曲を作ったり、演奏をしたり、人前で発表したり、そして物語を書いて、それを投稿したり、ラジオドラマの脚本を書いたり、そんなことをする人間というのは、自分らしさに拘りがあって、それを自意識過剰と自覚しながらも、そこから溢れ出てしまうものを、書かずにいられない、言わずにいられない”核”があるわけで。

 そんな僕に”めけさんらしい”という言葉は、どんな美辞麗句よりも実は嬉しかったりするわけです。

 しかしここには大きな罠があって、”らしさ”を何でも是としたところで、いい曲も書けなければ、面白い小説も書けないものです。

 強いて言えば孤高を目指すのならそれもいいのかもしれませんが、誰にも読まれない小説を書き続けても、誰にも聞いてもらえない曲を書いても、それは自己満足でしかないわけで、それで成り立つ”センスと素質”があるのであれば、まぁ、何の苦労もなく人の目に着くのでしょうが、それが一握りでしかないことは、誰でもわかることでしょう。

 僕は自分がその一握りであると信じることができる稀有なハートを持っている・・・なんてことなら、きっとこんな文章は書いていないわけで、はい、今回の本題は

 自分らしさなんかいらない

 なのであります。

 ”自分らしくあれ!”という啓蒙とも言える魔法の言葉は、まるで万能ではありません。なんでもそうですが、いい言葉とは正しく理解し、使ってこそであり、”自分勝手であれ!”とは、誰も言っていないのに、頑張って自分、自分と主張をしても、誰も認めてはくれません。

 また、”らしさ”とは、特徴的発露があって第三者から認知されることであり、自分だけで、自分らしさを決めることはでいません。

 他人を、それもできるだけ正直な鏡となってくれる人に映る自分の姿こそが、その人らしさなのですから、らしくあろうというのは、むしろ外向きに意識を持っていくことが大事なのです。

 ”らしくないことをすると、ろくなことにならない”というフレーズを僕はわりと好んで使いますが、この場合もつまりは他人の期待に応える行動からはみ出ることを”らしくない”と言うのであって、他人の真似事をしたことをらしくないとは言わないのです。

 らしさが、自己の意見だけを主張せず、他人の意見に耳を傾けて、聞くべきことは用い、意の異なる者とはより深く吟味して取捨選択をするということでも、まるで問題はないのです。

 個性的であれとか、オリジナルであれというのは、目指すのは悪くないのですが、その方法論として自分勝手に価値基準を設定し、それに従って行動するなんて勘違いをした日には、まぁ、摩擦を起こすか、飽きられるかのどちらかだと、僕は思うのです。

 さて、改めて”めけめけらしさ”を定義するとすれば、すなわち、”何事もやってみなければわからない”という姿勢で、世の中にあるもので無駄なものなど、無意味なものなど何もないという価値感で、楽しいを共有するための窓をできるだけ持ち、玄関の扉には厳重に鍵をかけながらも、客間にはできるだけ多くの人を、寝室にはごくごく、限られた人だけを通す。

 そんなところでしょうか。

 逆にらしくないとは、えり好みをして、関心のないもには”どうでもいい”とあしらい、自分の楽しいことを人に押し付けて玄関は空きっぱなし、客間も寝室も区別がつかないくらい人との距離感がいい加減なこと。

 なのだと思います。

 みなさんも一度、自分らしさについて、そしてらしくないことについて考えてみてはいかがでしょうか?

 そしてそのことを鏡に問いかけてみてください。

 等身大の自分というもの、そしてまわりの期待とのギャップを怖がらずに眺めて見ましょう。

 ”彼を知り己を知れば百戦殆うからず”とはよく言ったものですね。

 そしてこれはめけめけのらしさであって、kakemaとはまた、違うというところが、人間の面白いところだということを、付け加えさせてもらいましょう。

 ということで

”勘違いしないでよね、わたしはらしさなんて、これっぽっちも好きじゃないんだから!”

というツンデレなお話でした。


※1スネークマンショー
スネークマンショー (Snakeman show)は、日本のCMクリエイターユニット、ラジオDJユニット、コントユニット。1975年末に桑原茂一と小林克也によりプロジェクト開始。(wikiより)

※2「メケ・メケ」
『メケ・メケ』(フランス語: Méqué méqué)は、1954年発表のフランスのシャンソン曲である。シャルル・アズナヴール(Charles Aznavour)作詞、ジルベール・ベコー(Gilbert Bécaud)作曲。映画監督ジュールス・ダッシンの子息ジョー・ダッサンが歌った。日本では丸山明宏(現・美輪明宏)が訳詞し、歌った。(wikiより)

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