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徒然なる月の夜
ストロベリームーンを眺めながら、なるほど、夜が闇だったころ、人はこの月にいろんな思いを重ねていたのは至極当然のことのように思えた
遠く離れた想い人
触れられる距離にいても届かない気持ち
伝えられなかった言葉を指でなぞり
神秘なる月明かりに託した人の数は、数限りないのだろう
おはようございます
ベランダから月は見えず、建物の玄関まで出て、ウヰスキーを飲みながら月を眺め、タバコの煙を目で追いながら、あの人もこの月を眺めているのだろうかと……
えっ、あの人って誰?
そんな想い人がいるのなら、月など眺めていないでメールでもするんだろうけれども
月で思い出すのは19の頃に出会ったあの人の家から朝帰りするとき、ふと見上げると青い空に白々しく月があって、秘め事を覗き見られたような気分になった
あの人のシャンプーの香りが記憶なのか、本当に自分に残っているのか確かめながら、家の玄関をそっと開けて布団にもぐりこんだときに
”ああ、やっぱりまだ残っている”
と冷たい布団にぬくもりを感じながら眠りにつく
はて、これは妄想だったのか、現実だったのか……
かりそめの記憶は時に美化され、時に歪められ、そして風化をしていく
あの人の顔を思い出すことはできない
でもあの残り香は、香りそのものの記憶ではなく、僕はどうしようもなくその匂いが愛おしくてたまらなかったというフェチズムにも似た妄執
”お元気で”と言い残して、僕の前から姿を消した別の人も、その想い出は柔肌や耳元で囁く声よりもいつもつけている香水の香りだったりします
通勤中、横断歩道で同じ香水の人とすれ違った時に訪れる胸の痛みは、いずれ鈍く淡いものに変わることを知っていても、今はまだ、振り返らずにはいられないのは、その手の痛みはいくつになっても変わらないということなのでしょう
リアルな現実ではスタイリッシュとは言わないまでも、恋愛ドラマのワンシーンのようなバックに切ない音楽が流れるようなシチュエーションではなく、殺伐として、ときに不愉快で、自己嫌悪をともないながらもデジタルで傷跡がテキストで残るような陰鬱なものだったりもします
だからこんな月夜にはメールを打つよりも、月に誰かの姿を思い浮かべながら、少しばかり深いため息をついて眠れない夜と向き合う方が、素敵かもしれませんね
僕がそれをしたかどうかは、別の話として……
月明かり
照らす街の
片隅で
煙草の煙
君の残り香