【降霊の箱庭・外伝】カミキリムシ ~第三話~
〈!注意!〉
※本編との繋がりはありません。
※選考の対象外、完全なる趣味です。
※「創作大賞」「ホラー小説部門」のタグは付けていません。
<前話>
「ハスはね、とても美しい花なの」
「『泥より出でて泥に染まらず』。苦しいことや辛いことの中で、ハスはそれに負けずに綺麗な花を咲かせる」
「どんな困難があっても、美しく気高い人間に育ってほしい」
「そんな思いを込めて、あなたに名前を付けたのよ」
とある男の子のお話をしましょう。
男の子は三人かぞくでした。
自分と、お母さんと、お父さん。
お母さんはとてもやさしい人でした。
お父さんはとてもこわい人でした。
お父さんはいつもお母さんをおこります。
お母さんは泣きます。
お父さんはいつも男の子をなぐります。
男の子は泣きます。
外にいるとき、男の子はとてもげんきでした。ともだちがたくさんいて、傷のことをきかれても、上手にごまかします。
男の子がいちばん好きなあそびは「ヒーローごっこ」です。ジャンケンでかった方がヒーロー、まけた方がモンスターになり、追いかけっこをするのです。
男の子は足がとてもはやいので、ヒーローになると無敵でした。
それでも家では、お父さんにまけてしまいます。
「こんな弱いヒーローがいるわけねぇだろ。おまえに似合うのはモンスターだ」
さんざんなぐってから、お父さんは男の子に言うのでした。
「きたないモンスター。みにくいモンスター。ヒーローなんてやめちまえ!」
男の子は。
かみを引っぱられました。
お風呂にしずめられました。
ボールのように蹴られました。
冬につめたい水をかけられました。
タバコをせなかにおし当てられました。
丸一日なにもたべさせられませんでした。
暗くてせまいばしょにとじこめられました。
男の子は。
「生まれてこなけりゃよかったのにな」と言われました。
ある日。男の子の家に、女の子がやってきました。
かみが長くてボサボサで、やせっぽちで、まっくらな目をした子です。
「おまえのいもうとだ」
お父さんは言いました。
「血はつながってるからな。大人になっても『きんしんそうかん』すんなよ」
なにを言っているのか、男の子にはむずかしくて分かりません。いえ、そもそも今、なにがどうなっているのかちっとも分かりません。会ったこともないこの女の子が、いもうとだというのです。
お母さんを見ると、どうやらお母さんもよく分かっていないようです。
けっきょくまたむずかしい話をしてから、お父さんは行ってしまいました。
「ごめんなさい」
女の子がはじめてしゃべりました。
「ごめんなさい」
もういちど言って、女の子はあたまを下げます。
まだまだちっとも分かりません。
でもなんだか、女の子がかわいそうで。
男の子は、女の子の手をにぎりました。
女の子は「『あいじん』とのあいだにできた子」なのだそうです。
お父さんがいなくなって、男の子はよゆうが出てきました。女の子にお箸のもちかたを教えたり、こうえんにつれていったり、いっしょに寝てあげたりします。
女の子はちっともわらいませんが、男の子のあとをついてくるのはやめませんでした。
なんだかくすぐったいです。女の子って、こんなにもかわいいものなのでしょうか。今日こそぜったいわらわせてやる、と男の子ははり切ります。
はんたいに、お父さんがいなくなって、お母さんはよゆうがなくなりました。もういないお父さんの分までごはんを作ったり、よるにおきていたり、へやの中をぐるぐる回ったりします。
しかもひどいことに、女の子をむしするのです。
また、ある日。
お母さんがいなくなりました。
しんせきのおじさんがやってきて、「お母さんはびょうきだから『にゅういん』することになった」と言いました。
さびしいです。
かなしいです。
でも、男の子はがんばります。
いもうとをまもる、ヒーローになるために。
「…………」
蓮は目を覚ます。
忌まわしく、そして懐かしい夢を見た。
不安でなかなか眠れなくて、ようやく眠れたかと思えばこの有様。額ににじんだ不快な汗を流すため、洗面所に向かうことにした。
二階の端にある自室を出て、足音を極力殺しながら階段を下りる。自分たち兄妹を住まわせてくれている伯父夫婦は優しいので、起こしても文句を言うどころかむしろ心配されるだろうが、迷惑をかけないのが最良だ。
真っ暗な廊下の突き当たりの洗面所まで、半ば手探りで進む。蛍光灯を点け、三面鏡の前に立ち、これまた極力静かに顔を洗った。
きゅ、と蛇口を閉めて。
蓮は鏡を覗き込む。
そこに映る自分の顔。
男子生徒には羨ましがられ、女子生徒には惚れられる顔。そのうえ普段はオールバックにしているので威圧的に見られがち。だが前髪を下ろした今の自分は、年相応に、そしてとても弱そうに見えた。
「…………っ」
ぐぐ、と握り締めた拳に力が入る。
今の蓮は、二つの怒りに苛まれていた。
一つは、華を苦しめる呪いへの怒り。仙﨑という生徒にも思うところはあるが、呪い移しを言い出したのは当の華なので、彼女を恨むのはお門違いだろう。
ともかく。蟲だか何だか知らないが、華を苦しめるものを蓮は決して許さない。母親こそ違えど、華は蓮のたった一人の大切な妹なのだ。守り抜くためなら何だって差し出すし、どんな手段にも訴えかける覚悟がある。
そしてもう一つは、そんな妹を追い詰めてしまった自分自身への怒り。昼休みの保健室で、華の手を無理矢理掴んで詰問したことを、蓮はずっと後悔していた。
あんな訊き方をすべきではなかった。華は「痛い」と言った、なら自分がしたことは暴力だ。クソ親父からの暴力に震えていたというのに、自分がする側になっては世話ない。
……時々、嫌というほど感じる。
自分の内に流れる父親の血を。
暴力性。この体に流れる血を一滴残らず入れ替えれば、それは消え去るのだろうか?
「…………」
三面鏡の向こう、果てしない奥まで、自分の顔が無限に続いている。そこからようやく目を離して、蓮は洗面所を後にした。
今はただしっかり眠ろう。明日は図書館に行かねばならないのだから。
<次話>
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