【降霊の箱庭・外伝】カミキリムシ ~終~
〈!注意!〉
※本編との繋がりはありません。
※選考の対象外、完全なる趣味です。
※「創作大賞」「ホラー小説部門」のタグは付けていません。
<前話>
「倉闇先輩、あの……」
「大丈夫。私も気付いていたよ、一並君」
「お伝えしなくて大丈夫でしょうか?」
「むしろ伝えるべきではない。……世の中にはね、知る必要のない真実というものもあるのだよ。あの兄妹の喜ぶ顔を、また曇らせたくはないだろう?」
「でも、何だか理不尽です……」
「そうだね。呪いと人の悪意、果たして恐ろしいのはどっちだろうね」
「ふぅ……」
自室にて。仙﨑叶芽は小さく息をついた。
見つめているのは自分の両手。まだ無数の切り傷は残っているが、右手首に浮かび上がっていたカミキリムシの痣は、嘘のように消えていた。
無論、割垣華に呪いを肩代わりしてもらったからである。
ひどいことをした。
彼女には何の罪もないのに。
「やっちゃったなぁ……」
肩が震える。
もう、あまりに可笑しくて。
「ふふっ。ははは、あーっはははははははは! やっちゃったやっちゃった! こんなにも計画通りにいくなんて思わなかった!」
割垣華は最後まで気付かなかった。
どうして叶芽が、呪いを他人に移す方法まで知っているのか。
「ほんっと馬鹿だわ~。ちょっと考えれば分かるのに!」
そう。叶芽は華に対し、一部嘘をついた。
小学生の時、転んだ拍子に手を着き、カミキリムシの呪いにかかったことは事実。しかしその後、呪いは「自然消滅」したのではない。今回と同じく「他人に移したから」消えたのだ。
とはいえ、右手首を重ねるという方法に行き着いたのは偶然だ。人型の紙に他人の髪を結んで願ったり、自分の血を染み込ませたティッシュを他人の持ち物に忍ばせたり、潰した普通のカミキリムシを他人の靴に入れたり、そういった思い付く限りの方法は全て徒労に終わった。
傷ばかりが増えていく日々。そんな中、秋の運動会の全体練習があった。
グラウンドでの練習を終え、ワラワラと校舎内に引き揚げていく無数の生徒。どこの誰だかも分からないそのうちの一人に、こつんと右手首がぶつかった。
瞬間、ずるり。
自分の右手首から「それ」が這い出る感覚があった。
きゃ、と聞こえる悲鳴。叶芽も驚いたが、しかし何かを直感的に察知し、すぐさまその場から走り去って教室に飛び込んだ。
確認する。予想通り、手首から痣は完全に消えていた。
以後、悩まされていたのが嘘のように、紙で手を切ることはなくなった。
あの、偶然他人に移ったカミキリムシはどこへ行ったのか? そんなことは知らないしどうでもいい。自分は呪いから解放された。その事実だけで充分ではないか。
何事もなく小学校生活を送り、卒業し、中学生になって……。
どん、と背後からぶつかられた。
同時に右手首に、あの懐かしく気持ち悪い感覚を覚えた。
「な……っ!?」
ぶつかってきた生徒はこちらを振り返ることもなく、廊下を全力で走って消えていく。不意を突かれた叶芽は何もできなかった。
移された。
同時に悟った。
あのカミキリムシの呪いは、人から人へと巡り巡って、ついに叶芽のところに戻ってきたのだ。
「ふ、ふっざけんな! ウチにはもう関係無いのに!」
焦りと怒りで声を上げるが、どうしようもなかった。
こうなれば諦めて、また誰かに呪いを移すしかない。
目星を付けたのは、割垣華だった。
同じクラスになった彼女のことが、そもそも以前から気に食わなかった。男子にも女子にも、スクールカースト上位にも下位にも分け隔てなく接し、一定の信頼を集めている。勉強はさほどだが、凛とした姿勢は教師にも認められている。
……ウザい。いい子ちゃんなのが鼻につく。
だからその性質を利用してやることにした。
「割垣さん……ウチ、どうしたらいいの……?」
泣き落としは面白いほど効果を発揮した。華は自ら呪いを引き受け、再び叶芽は自由になった。
「元気がなくなって、顔色も悪くなって、とうとう体育の時に保健室行って! これでちょっとは懲りるでしょ。ふふっ、呪いも捨てたもんじゃないね」
最高の気分だ。残った手の傷ばかりはどうしようもないが、それもやがて時間と共に治りゆくだろう。
「ご飯できたわよ~!」
階下で母親が呼んでいる。
「は~い、ママ!」
叶芽は元気に返事をしつつ、椅子に座ったまま思い切り伸びをして……、
痛みが走った。
時間が、呼吸が、止まった。
「…………え?」
笑顔が引き攣り、固まる。
伸びをした時。机の端に積んである教科書の縁に、左手が当たった。
痛みはその瞬間に感じた。
「…………」
ゆっくりと、目線を移す。
中指の第二関節の背に赤い線が浮かんでいた。
切ったのだ。
紙で。
「…………」
どっ、どっ、と心臓の音がうるさい。
冷や汗がこめかみを伝って落ちる。
先程までのご機嫌な気持ちはすっかり吹き飛んでいた。そんな、まさか、という恐怖が、代わりに心を蝕んでいく。
「ぐ……偶然だよ……」
言い聞かせるように呟く声が震える。
「だってほら、呪いはアイツに移したじゃん? 痣も消えたし、ウチはもう安全だし……」
これはそう、ただ偶然切っただけ。
――偶然、だよ、ね?
再び聞こえる、自分を呼ぶ母の声。
「…………」
叶芽はそれに答えることなく、いつまでもその場で凍り付いていた。
【降霊の箱庭・外伝】
カミキリムシ
<完>
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