【降霊の箱庭・外伝】カミキリムシ ~序~
〈!注意!〉
※本編との繋がりはありません。
※選考の対象外、完全なる趣味です。
※「創作大賞」「ホラー小説部門」のタグは付けていません。
それは誰もが経験したことのある痛み。
病院にかかるほどではない痛み。
だが生活に支障の出る痛み。
小さくて大きな、痛み。
宿題を終え、教科書を閉じようとした時。
ぴりっ、と指に痛みが走り、仙﨑叶芽は小さく悲鳴を上げながら手を引っ込めた。
反射的に目をやる。右手親指の第一関節の側面にうっすら線が走り、そこからじわりと血がにじみ出るのが見えた。
教科書のページの縁で切ったのだ。
驚き。恐怖。そしてそれを上回る苛立ちが湧き上がり、叶芽は思わず叫んだ。
「何なの、もう……!」
衝動のままに教科書を破きたくなるのを、どうにか抑える。そんなことをすれば今後の授業に差し障りが出るし、何よりさらに手を切る可能性がある。
行き場のない怒り。どん、と学習机を叩いて歯噛みする。
「叶芽? どうしたの?」
声と音を聞きつけたのだろう。階下から母親が問うてくる。
「うっさい! ママには関係ない!」
母親の心配も今は火に油で、叶芽は階下に向かって拒絶の声を上げた。
「ああもう、ほんっとウザい……!」
ほんの少量とはいえ、血は血だ。服や教科書に付着してはたまらない。ティッシュを一枚取って傷口に押し当て、簡単な止血を図る。
その両手に貼られた、無数の絆創膏。
叶芽は、呪われている。
「カミキリムシ」の呪いだ。
この呪いを受けると、紙で手を切るようになる。
時と場を選ばず、偶然に。「紙で手を切る」という事象は得てして偶然起こるものだが、その「偶然」の頻度がおそろしく跳ね上がるのだ。
平均して、一日に三回。
手を切る感覚は不快なものだ。
ずず、と。あるいはシャッ、と。紙の縁が薄皮を切り裂き、その傷の小ささに見合わぬ痛みが走る。痛みが強い理由は二つ。指先は神経が集中しているから。紙は刃物のように滑らかではなく、ミクロで見ると鋸のようにギザギザしているから。
普通の人なら、年に一度経験するかしないかの痛み。ペーパーレス化が進んだ現代なら尚のこと、頻度は下がっているだろう。
その痛みが……一日に何度も、叶芽を襲うのだ。
既に用意してあった絆創膏を、新たな傷口に貼る。
チリ、とまだ痛みが尾を引いている。
この後の風呂がまた憂鬱だ。シャンプーやボディーソープの泡は、新旧の傷に容赦なく突き刺さることだろう。
「学校休めば、ちょっとは確率も下がるかなぁ……」
呟くが、そんなことは叶わないと知っている。仮病の通用しない、健康優良児な自分が恨めしい。とはいえこんな毎日が続くようなら、今度は精神の方が本当に参ってしまいそうだ。
早く。早く、何か手を打たないと。
「…………」
叶芽は右手首に視線を移す。
そこには、紙で切った傷とは別に、不気味な形の痣が浮かんでいた。
<次話>
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