【34. 由末イリ】製氷皿
まだ、時々暑い日がある。そういう日には、麦茶がおいしい。氷のキューブをグラスに移して、そそぐとミシミシ鳴る。あの音も風流でちょっと好き。
今日は感情と時間の話。
季節を問わず、僕の寝起きは液体。とても心の中が変動してしまう。気持ちの芯がないというか、浮いているというかで暫し落ち着かない。夢の延長線上に寝そべっている感じ。夢と現実のマーブル。波風にとても弱くて、できるだけ静かにいたい。さめのぬいぐるみ(ふかふかくんと呼んでいます)と眠っているからか、どうやら自分が眠りの海から這い出した浜辺の液体のように感じる。
そして、起床してから時間が経つと、だんだん固体になってゆく。ゆっくり、日ごろの自分の形を思い出していって、次にやることを考え始める。しっかりと歩く。だんだん骨が目を覚ます。自分が普段立っている草原(荒野でもある)に根を張って、目や耳に入る情報量の波風にほんの少しだけ強くなる。ただ、強くなることによって「それは違うよ……」って思ってしまったりもする。寝起き・寝る前よりも明確に、漠然とした不安や、嫌な気持ちにピントが合ってしまう日もある。そういうときは、作品の並んだ棚やデスクの方を向いたりする。うまくいけば、そのまま数時間探検をして何かを拾得して帰ってくることができる。どうにもならない日は、液体をやり直す。まだきれいに固まれる純度になっていないだけだと思って、やり過ごす。
その過程で弱音が液晶の向こうに漏れ出て、ときどき恥ずかしくなる……でも、それを掬ってもらえてうれしいときもある。
午後ずっと固まりで居ると、だんだんとひびが入ってくる。液体にならずに、何かと向き合い続けた日は特に。晩御飯を食べるころには欠片を足元に落としている日もある。
なので、固まった躯をお湯で溶かす。ふやける。
ゆっくりと廊下を彷徨したり、スマートフォンを見たりしてから、そろそろかと髪を乾かす。翌日にイベントや友達とのお出かけなど素敵な予定がある日は殊更丁寧に。丁寧に。そして液体のまま眠りにつく。
そうでない平常の日は、そこからまた夜に向けて動く。
窓の外に目を向けると、僕の町は深夜眠っている。遠くに少しビル群の明かりが見えるが、それも心地よい距離感だ。
そうして月の支配する時間になって、涼しくなってまた固体になる(でも、午後より自然体で居れる。グミぐらいのやわらかさ)。僕は、この時間が一番大好きだ。しんと静まり返った草原(または荒野)で、少しひんやりとしたデスクに向かう。四分の一くらいの日は、電波を介して友人と言葉を交わしながら制作に臨んだり、遊んだりする。たのしい。
ひとりで制作に向き合う時も、聴いたことのない音楽のプレイリストを流したり、インターネットの不思議な映像作品を見たり、それはそれで愉快。
そして、たいていは幸せになりきって(もしくは疲れ切って・気持ちがぐにょぐにょになってどうしようもなく)液体になってねむる。寒い季節に布団にくるまるのは、朝まで従順なやわらかい液体で居るためなのかもしれない。
画一的に作られたアパートの一室一室が、製氷皿のくぼみに見えた。
【おまけ】
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本邦初公開のすきなもの
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すきなおでん
白滝
理由 :食感が好き。柚子胡椒にもあう……とても