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「五本のバナナ」

私たちは、相手のために良かれと思って行った行動に予想外の反応をされて、憤慨したり、残念に感じたりすることがあります。

親しい間柄なら、なお複雑な感情を抱くでしょう。例えば、我が子のことを思って、アドバイスをしたのに、思うように行動しないし、果ては逆ギレとかね。

なぜ、このようになってしまうのでしょうか?以下に精神科医の泉谷閑示さんが著書でしている自作のお話があるので紹介します。このお話をあなたはどのように解釈しますか?

同じ章には、詩人の相田みつをさんの言葉も紹介されていました。

人のために善いことをすると書いて偽善(相田みつを)

※写真は母の実家からいただいたミカンだけどね。^^

パナナに目がない日本人旅行者が、ある貧しい国で旅行をしています。
その国は大変な暑さで、道ばたには物乞いがたくさんいます。中には飢えていて、実に哀れな様子の者もあります。そんなとき彼は、ある飢えた物乞いの姿を目の当たりにして、何か施しをしようと考えました。
彼はちょうど大好物のバナナを五本持っていました。晋段の彼は、三本食べると満腹になって満足します。さて、そこで彼は、自分で食べるのは二本で我慢することにして、残りの三本を気の毒な物乞いにあげたのでした。
しかし、この物乞いはバナナが嫌いらしく、一言のお礼も言わず、目の前で「こんなものいらない」と、地べたにバナナを投げ捨てたのでした。

(泉谷閑示『「普通がいい」という病』(2006)

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奥村一郎(メンタルパートナー、活動家、主夫)
I have a dream. 私の「夢」は、日本に活動家を養成する学校をつくることです。 私の「モットー」は、Life is Art. Life is Play. -生活をアートできるようになれば既に幸せ-