見出し画像

心理的安全性に完成はあるのか?

心理的安全性とは、嫌われることを恐れずに言いたいことをお互いに言い合える雰囲気のことです。

さて、心理的安全性には完成形があるのでしょうか。何をもって完成とするのでしょうか。今回の記事では、そのあたりについて深ぼっていけたらと思います。

心理的安全性の定義の詳細や科学的根拠についてはこちら↓

この記事は三人の登場人物の対話形式で進めていきます。
りお:若手人事担当
持続的に繁栄できる強い組織になるべく、あらゆることを探求し、人事活動に活かしていきたい若手人事。少し捻くれている。
としぞう:精神科医
個人の行動変容や組織全体の行動に詳しい精神科医
わたるん:仙人
複雑な事象を整理し正確に言語化してくれる。たまにしか出てこない。

りお>
心理的安全性の最も難しいところは、それが常に未完成で終わってしまうということかなと思っています。心理的安全性の定義に立つと、心理的安全性が本当の意味で担保された状態を作ることは、難しいように感じてしまいます。
例えば、心理的安全性の高い対話によって役割分担が決まっていく時、全ての人が納得する役割分担になるとは勿論限りません。納得感の低いまま役割が決まって動かざるを得ないという人もいることでしょう。
ここで、納得感の低い人が、今自分は納得感が低いと打ち明けることができて、それを周りの人が理解し、今後も役割分担は柔軟であるということに合意をとる必要性が高いと思います。
心理的安全性が完成に近づく、一つの大きな要因として、その自分の不安や不満の感情が常に打ち明けられる事は大きな意味を持つと考えます。他に、心理的安全性が未完成である原因を生み出す、よくある重要な要因にはどういうものがあるでしょうか。

としぞう>
とてもいい視点ですね。結論から言うと、心理的安全性は常に未完成です。その理由としては単純に、人間関係の状態において『完成した!』と誰かが思った状態は心理的安全性が低いからです。役割分担・人材配置の場合も管理職側は『完璧な分担にしたいと思うし完成した!』と思いたいですよね。ただ、完成した!と思ってしまうと、途中で状況が変わったり、新たな問題点が出てきた時、「せっかく完成させたのに、変更すると完成形が崩れてしまう。」と思ってしまうと、無意識に否定的な反応を出してしまいますし、
その反応を見た部下は忖度して言うのをやめてしまうのかもしれません。
そして、ここも勘違いされている方がとても多いのですが、心理的安全性が高い状態とは「我々は心理的安全性が高いと安心できている状態」ではありません。「我々は心理的安全性が低いタイミングに多く気付いていると不安になっている状態」こそが心理的安全性が高い状態です。心理的安全性と未完成の関係を考えるときにはこの辺りの逆説的な関係を理解しておく必要があります。

りお>
私も完成形が存在するとは思っていません。
ただ完成に近い形にはなっていくと思います。
その重要な要素として、自分の不安や不満の感情が常に打ち明けられるというものがあると思ったのですが、それ自体は重要なのかと他にはあるか聞きたいです。

としぞう>
もし、りおさんが完成形に囚われているとしたら、それ自体に気づき、それは少し改めた方がいいかもしれません。
そもそも完成形は存在しないどころか、完成に近い形になったと思えば思うほど、逆に心理的安全性が下がってしまうところが大事なんです。
自分の不安や不満の感情が常に打ち明けられることは重要で、完成形を目指したい、未完成だと不安だ、未完成だと気持ち悪い、という感情に「ああこれは原始人がこだわっているんだ」と気づきながら、あえて未完成にしておくことが心理的安全性を高める上で重要なポイントになります。

りお>
なるほど。不安に気づいて、打ち明ける、未完成に気づいておく以外に、心理的安全性を高めていく上で重要な要因はありますか?

としぞう>
心理的安全性を高めるために重要な要因は無数にあります。ただ、それは組織ごとに違うのでこれをすれば心理的安全性が高まる!ことがあるわけではないんですよね。その中で必ず必要なところが、
①完成形に近づけようとすると心理的安全性が下がってしまう
②完成させたいという原始人に気づいている必要がある
③さらにそれを組織で共有している必要がある

という3点です。この3点を意識して対話をしていると、柔軟性が高い状態が維持されます。そうすると、その組織にとって、そのタイミングで、心理的安全性を高めるために重要な要素が自然と見えてくる、という部分がとても大切です。正解を与えていないので気持ち悪いかもしれませんが、一般的な回答はできなくても、その組織ごとであれば、「こうすればいいんだ!」という案がそのうち出てきますし、その案がうまくいくかどうかは、組織での柔軟性が高まっていれば、みんなが反応する時のテンション、印象「すげーそれはうまくいきそうだ!」という感覚でわかります。そして、この中間でフワフワして正解がない状態を受け入れつつ、自分たちが信じる方向に向かって行動していく。そのためには組織の要素とは別に管理職の心の柔軟性を常に高めておくことが重要なんですよね。油断すると、もっと確実な正解を探してそこに向かって行動していってしまうのに、常に気付きつつ柔軟性が高い状態を意識する、そのためのトレーニングを継続していることが大事です。

りお>
中間でフワフワして正解がない状態を受け入れつつ、自分達が信じる方向に向かって行動していく過程で、不安であることに気づくというのは、とても斬新で本質的なことだなと感じます。

仙人>
正解でまとまってしまった組織、を想像するとより良くわかりますよね。実はイエスということしか考えてない人が次々仮想敵を内外に探して見つけてくるようになります笑。
あの手の社員がいるからだ、外部にこれこれでわかってないものがいるのだ、etc。
最後には、反論や批判のなくなった茹でガエル組織の攻撃は正解に賛成していないことにではなく、ちょっとムカつくというような些細なことに向けられていきます。
教育、いじめにも通じますね。一つの正解に染められるということは、正解のない環境を認識する術を失っているに過ぎない。

いいなと思ったら応援しよう!