見出し画像

失語症文化論仮説  La hipotesis sobre la cultura de personas con afasia  5章 シナリオ(1)

 前章では、ある失語症者に担当のリハビリスタッフがリハビリ時間の変更を伝える場面を示した。その失語症者に用件を伝えるときには、内容の要点を書いて示しながら話しかけると伝わりやすくなると設定していた。
 これから提示するシナリオではこのことは明らかにはしていない。看護師が書きながら話しかけると、失語症者がうなずいたという状況しか表していない。
 このため、劇に入る前に「失語症者によっては書き示しながら話しかけると伝わりやすくなるということを演劇を通して体験する」と説明を行う。
 今回シナリオを作成するにあたって、菅原直樹氏のワークショップ「老いと演劇」で配布された資料を参考にした。
 役割は以下の4役である。

 失語患者 入院中の失語症を持つ患者
      ( )内は失語患者役となる人の名字を記入する
 リハ担  失語症患者を担当しているリハ ビリスタッフ
      < >内はスタッフ役となる人の名字を記入する
 助手   リハビリの助手
 看護師  失語患者が入院している病棟の看護師

〇ある日のリハビリ室
   失語症患者が車いすに座っている。
   リハビリが終わって、リハビリ助手が 病棟に誘導するところである。

リハ担 : ( )さん、明日のリハビリは3時からですよ。いつも9時だけど、明日はね3時から。午後の3時からです
失語患者: (首をかしげて)え?
リハ担 : 明日はですね、私、9時から会議があるから、3時です、3時
失語患者: (もっと首をかしげて)ええ?
リハ担 : だから、いつもは9時からでしょう、リハビリが。だけど、明日はね、3時なんです。もう、来ても、私、いませんから
失語患者: (首をかしげて)はあ?
リハ担 : あ、し、た、わ、さ、ん、じ。わかりましたか?
失語患者:(リハ担の顔を見たまま)はあ…
助手  :( )さん、先生がね、明日は3時からって言ってますよ
リハ担 :(大きな声で)そう、明日はね、私、会議があるから3時からです、いいですね
失語患者: はあ…
リハ担 : わかったみたい。助手さん、いいよ、送ってって
助手  : (リハ担に笑顔で)はい

〇翌日の10時頃 リハビリ室
   助手がリハビリ担当を呼び止める

助手  : < >先生 
リハ担 : (振り返って)はい
助手  : 先ほど病棟から電話があって、9時に(  )さんがエレベーターに一人で乗ろうとして危なかった、リハビリが休みの時は伝えておい
てくださいと連絡がありました
リハ担 : え?休みって昨日伝えたし、助手さんもそのとき一緒にいたで
しょ?
助手  : ええ、ですから、< >先生は休みじゃありません。( )さんに は午後の3時に時間変更すると、伝えています、と言いました
リハ担 : 伝えたよね、私

〇午後3時 リハビリ室
   失語症患者が車いすに乗って看護師とリハビリ室に来た。
   リハビリ担当と助手が二人に近づいた。

看護師 :< >先生、( )さんをお連れしました
リハ担 :( )さん、昨日、私言いましたよね、今日の午前は会議だから、リハ ビリは3時から行うって
失語患者: (首をすくめる)
看護師 :(紙とペンを取り出して、「今日10:00 →3:00」など
書きながら) 今日は、3時からですって
失語患者: (おおきくうなずいて)ああ
リハ担 : ああって 私、昨日伝えましたよ
助手  : (うなずいて)そうですよ。
     ( )さん、< >先生は伝えてましたよね
看護師 :( )さん、3時で良かったみたいですよ
  失語症患者は看護師に向かって、うんうんとうなずいた
看護師 : 先生、明日は?
リハ担 : え?いつも通りだけど
看護師 :(「明日、9時~」と書きながら)
     明日は9時からですよ
  失語症患者は看護師にうなずいた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 失語症者とその周囲で関わる人たちを演じる。この一例を作成した。

 しかし、筆者の周りの、例えば同僚たちを思い起こすと、座学ならば参加するが、演じるところまで行うかが定かではない。
 適切に演じなければならないなどの「答え」を求めるあまり、演劇には参加したくないと意思を表わにするだろうと予測される。彼らが特別に協力的ではないということではない。しかし、参加者が同僚の場合、筆者一人で説明から演じるところまで行わざるを得ないことが、十分に予測されるのである。

 そこで、筆者と同様の状況の人たちのことを思い浮かべた苦肉の策として、一人でも実演できるようにペープサートと呼ばれる紙人形劇で行う方法を考案した。紙人形の図版を本章の付録とした。 
 役割ごとにセリフの言い方や声の出し方を変えられるように、いずれも人形も敢えて無表情にした。
 付録を参考にして登場人物の絵を描いて切り取る。それぞれ割りばしに貼って固定して紙人形を完成させる。これがあれば一人で実演、説明まで行うことができる。
 参加者の中には、紙人形であれば実演に参加したいという人がいるかもしれない。そもそも4つの人形を一度に動かすのは無理がある。誰かに紙人形の1つを持ってもらいながら、ついでにセリフまで言ってもらうと、いつの間にかその人は意気揚々と演じているかもしれない。

<付録>
人形4つと 
白紙を挟んだクリップボードとボールペン
10時と3時の時計

シナリオ付録


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?