亡き母の記録⑤〜臨終
RK病院に移って1週間が経った日、夜が明け切る前に、病院から連絡があった。
「お母様の容態が良くないので、見舞いに来る予定を早めた方が良さそうです」
転院した時からいつか来ると覚悟していたとはいえ、早すぎる。
そう思いながら電話を切った。
私はその日の朝のうちに新幹線に乗って東京を目指していた。
前日までは高速バスを使うつもりだったが、そんな猶予はないと判断した。
病室に着いてみると、ベッドに横たわる母はもう意識はなく、浅い呼吸を繰り返すのみだった。
「話しかけてあげてくださいね。意識はなくても聞こえてますから」
看護師さんに言われたが、何と言えば良いのか分からず、ただ手をさすることしかできなかった。
1時間も経たずに、子どもが病室に入ってきた。朝のうちに連絡しておいたのだった。
「お疲れ」
「そっちこそ」
お互いを労った後、しばらく無言が続く。
どちらからだったろうか、母の元気だった頃の思い出話をし始める。
懐かしかった。懐かしすぎて涙ぐんで、言葉が詰まる。
子どもに背中をさすられて、号泣しそうになるが耐えた。まだ母は生きているのだから。
母の状態は変わらないまま、何時間も経っていたらしく、外は夕闇に包まれていた。
「そろそろ帰らないと、ラッシュに巻き込まれるんじゃない?」
時間を気にして声をかけると、気まずそうにしながらも子どもは立ち上がった。
「うん。悪いけど行くね」
私とは違い、子どもには子どもの生活がある。祖母である母も理解してくれるだろう。
何かあったら連絡するからと約束をして、子どもを見送った。
母と2人きりになると、途端に言葉が出なくなる。腕や手をさすることしかできなかった。
それから何時間か経った午後8時半、母は息を引き取った。
身近な人の初めての見送りだった。
ナースコールをして、看護師さんに息が止まったことを伝えると、当直の先生がやってきて、母の死を確認した。
「ご臨終です」
当直医に宣言されて、私は涙が止まらないまま深くお辞儀をした。
「ありがとうございました」