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4月12日「シェアリビング」という言葉に集う

アオキさんがSNSに発信していた「シェアリビング、かもしれない」という言葉につられて、高槻のWonderful tableにやってきた。

Wonderful tableは、店長さん選りすぐりの美味しそうなものや身体に良さそうなものが並ぶおしゃれでほっこりしたお店だ。
シェアリビングっていうけど、リビングらしきものはない。

アオキさんがこちらへ~と店の奥へと案内してくれる。
広いキッチンの横にある、ガラスの引き戸を開けると、なんとも懐かしい居間=リビングが現れた。
畳に大きな座卓。何かすごいものが出てきそうなドキドキする箪笥と、不思議な置物。それにたくさんの本や資料。
「誰かがここにいた」とすぐに感じられる空間は、不思議な落ち着きを誘う。

そんな不思議で落ち着く居間に集まったのは、アオキさん、マミさん、ウエダさん、私。4人で美味しいドリンクを飲みながら座卓を囲む。
ゆるりと自己紹介・他己紹介が始まる。

「誰かの居場所だけど、それぞれが好きなことをして作られる空間だといいな」
アオキさんが話すと、なんとはなしにそれぞれが関心のあることを持ち寄る。
食べること、大きい人と小さい人が交ざること、ちょっと年上の人とちょっと年下の人がつながること、何もしない場所、サービスではない助け合い・助かり合い。
得意な人が得意なことを、好きな人が好きなことをしてふんわりできあがる空間が頭の中に立ち上がる。
なんだか面白くなりそうだぞ、とみんなの顔が緩んだところで、閑話休題。

誰かに無理をさせないためにも、自分が無理をしない大切さ。
劣等感と「このままでええやん」の間を行ったり来たりする自分。
ぽろりとみんなの中から出てきた話題に、心を緩ませるほうへとオチがつく。
ゆるりと集まることで、そういう雰囲気が作られていくのだろう。

まだ、何をするかも、どうするかも固まっていないシェアリビング。
帰り際、マミさんと「ただ"おる"人になりましょうね!」とくすぐったくなる宣言をした。シェアリビングにいる人も何をするか、どんな人か決まっていないけれど、それがきっと大切。
今日「シェアリビング」という言葉で集まった人たちでつむがれた時間が、きっと「シェアリビング」のようなものを作り上げるのだろう。
これが「シェアリビング、かもしれない」。

つづく・・・。


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