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博物館と手話
福岡県太宰府市にある九州国立博物館(九博)には手話ボランティアのグループがあります。私も3年前からメンバーの1人です。
昨年、九博ホームページの手話動画作成に協力し、先日その動画が公開されました。
今回は、美術館や博物館などの文化施設における情報保障について、私のこれまでの経験をふりかえり、これからのことを考えてみようと思います。
きっかけ:音声ガイドに手話を
手話を学んでいる人の多くが、美術館や博物話を訪れた時に、一度は感じたことがあるのではないでしょうか。
「私たちが聞いてる音声ガイド、聞こえない人たちは使えない…。」
音声ガイドを使う使わないは個人の自由ですが、音声ガイドを聞きながらの鑑賞とそうでない鑑賞は、まったく違う体験です。私は、その違いを知った上で、音声ガイドをめったに使わない派です。
--聞こえない人が、聞こえないという理由だけで、聞こえる人と同じ体験ができないのは、納得がいかない。--
これは今の社会でたびたび感じることです。
そのたびに、なんとかなりそうな時は担当部署にかけあって対応してもらい、難しそうな時はどうにかならないか作戦を立てる…私は手話を始めてから、ずっとそういうことをやってきている気がします。私の行動原理の一つと言えます。
もともと博物館や美術館などの文化施設が好きで、近くで開催される展覧会によく足を運んでいましたが、手話を学び始めてから初めて、文化施設での情報保障の課題に気づきました。
美術と手話プロジェクト
私が手話を学び始めた平成21(2009年)ごろ、手話通訳は主に、病院や役所など生活に必要な場面で行われるもので、趣味や娯楽のために依頼することはなかなか認められていませんでした。
その頃に、美術館における情報保障について研究・協議していたのが「美術と手話プロジェクト」でした。
東京では手話通訳つきガイドツアーが行われているという情報を見ながら、地元でもこういうことができたら良いのに…と思っていました。
いおワールド鹿児島水族館と手話
手話を始めて数年経った頃、日本聴力障害新聞に「鹿児島水族館で手話ガイドを試作実験中」といった記事が掲載されました。
その年の夏に鹿児島水族館を訪れ、試用期間中の機器を借りて水族館を回りました。
私が思い描いていた「音声ガイドを手話で見る」がそこにありました。
解説しているのは鹿児島のろう者で、「いるかの時間」でも最初の案内映像にワイプで登場しておられました。
↓YouTubeに2023年の鹿児島水族館の様子がありました。こちらの福島さんが、ワイプにおられたろう者です。
この時も、地元でもこういうことができたらいいのに…と思っていました。
地元の美術館で
鹿児島水族館での経験で意欲が湧き立っていた私は、
すぐに地元のろう協に「ろう者と美術館に行くイベントをやりたい!」とかけあい、数人のグループで地元の美術館のを見に行ったことがありました。
ただその時は、私の進め方も下手で、思い描いていた「手話つきガイドツアー」のようにはいかず、結局各々が好きに展示を見て終わるだけになってしまいました。
「こういう場所は緊張する」「難しい」という声もありましたが、何よりも私が、手話についても美術館ガイドについても未熟過ぎました。
しかも、当時の私はまだ手話通訳者養成講座の受講生で、参加されたろう者にあまり顔が知られていませんでした。それも皆さんを緊張させてしまった原因だったと、今となっては思います。
九博ボランティア手話部会との出会い
九州国立博物館(九博)に手話ボランティアがあるのを知ったのは、2019年、私が所属する福岡県手話通訳問題研究会(福通研)の総会でのことでした。
「九博手話部会がメンバーを募集します。」
当時の不勉強が恥ずかしいのですが、福通研の中の九博がある太宰府市を中心とした地域班が、2005年の九博開館当時から九博の中で手話部会として活動していたのです。
福岡県って、広くてですね。
同じ県でも車で1時間半の距離があると、知らないことも多いです(ただの言い訳です)。
手話部会は、発足当時は地域の会員だけで担っていたものの、諸事情から方針を変え、福通研全体から会員を募集することにしたところでした。
手話で博物館の情報サポートをしているグループが、すでに県内にあったとは!
「よし、手話部会に入ろう。」
私は、その数年前に地元の美術館でうまくいかなかったことがずっと引っかかっていました。
まずは九博で手話ボランティアについていろいろ学び、経験を積めば、いずれ地元で活動できるかもしれない。
そう考えて、手話部会が活躍する行事「手話と仏像」に参加し、その場で入会を申し出ました。
2019年「手話と仏像」についてのレポート↓
ただ、残念なことに、それから数ヶ月後にコロナが流行して九博ボランティア全体の活動がストップしてしまいました。私は正式な入会ができないまま2年間過ごし、2022年に第6期ボランティアとして正式に活動を始めました。
九博と手話
現在、九博ボランティア手話部会は、他のボランティアさんと同様に博物館の館内案内を務める他に、次のような手話部会独自の活動を行っています。
・博物館の各種イベントでの手話サポート
・手話通訳つきバックヤードツアー(月1回)
・4階文化交流展示室の手話解説動画(Navilens GOアプリ使用)
・ミュージアムトークの手話通訳(不定期)
これに、昨年は九博ホームページの手話動画作成が加わりました。
ボランティアか?派遣通訳か?
手話ボランティアのことを手話関係者に話すと決まって聞かれます。
「ボランティアでやって、質は大丈夫なの?」
「無償で手話通訳をするのは問題では?」
手話部会には、手話通訳士や地域の手話通訳者もいますが、手話はできるものの通訳活動はしていない方もいます。
現在は、手話ボランティアでサポートする行事と派遣通訳を依頼する行事を分けて活動しています。
特別展に付随するイベント(講演会等)には、博物館が派遣通訳を依頼して対応します。一方、企画段階から博物館職員さんと話し合いながら進めていく行事や取り組みは、ボランティアで対応します。
はじめは手弁当で
「手話通訳を無償でやるのは良くない」とよく言われます。手話通訳制度の歴史を学ぶと、その意見もよくわかります。
ただ、手話環境が整っていないところにはじめから予算がつくことはほとんどありません。まずはそこにいる人たちに、聞こえない人のこと、手話のことを知ってもらう必要があります。そのためには「ただで良いからやらせてくれ!」という段階が必要なこともあると、私は考えています。
無償で活動し、実績を積んで手話の必要性を知ってもらうことで、情報保障に予算をつけてもらおうという作戦です。
私の仕事であるろう学校スクールカウンセラーも、この分野を開拓してきた関西や九州の仲間たちが無償で活動を始めました。
その礎のおかげで、私が地元で働き始めた時は無償からのスタートではありませんでしたが、はじめから正規の予算がついていたわけではなく、不安定な雇用状態が何年も続きました。その後、県内の特別支援学校に地域校と同様の予算がつくようになりました。
九博は、博物館の方針で他の外国語(英・中・韓)でサポートする部会も無償ボランティアで活動しています。
手話部会は、活動を積み重ねていきながら手話の必要性と手話通訳の身分保障について伝え続け、その結果、現在では「ボランティア」と「派遣通訳」の両方を活用した形になりました。
いずれはろう者とともに
今回の九博ホームページの手話動画には、すべて聞こえるボランティアが出演しています。
将来的には、ろう者が出演し、ろう者と聞こえる人がともに動画作りができると良いな、と思っています。
今、全国的にろう者による美術館や博物館の案内動画が多数公開されています。
日本科学未来館↓
東京都庭園美術館↓
東京文化会館↓
東京都現代美術館↓
京都市京セラ美術館↓
このような動きが全国に広がり、ろう者が全国の美術館や博物館を気軽に楽しめるようになったら嬉しいです。
イリョウキカク
九博手話部会からは話が逸れますが、手話べり交流会や手話のイベントを開催している団体FUNTIMEで、イリョウキカクと銘打って、科学館や博物館をろう者と楽しむイベントを開催しています。
プラネタリウムの日本語字幕投映を楽しむ企画は年4回。
2025年2月のイベントのお知らせ↓
2024年11月のイベントレポート↓
九博にも、2024年8月にFUNTIMEイリョウキカクとして訪問しました。
レポート↓
まわりのろう者に余暇の過ごし方を尋ねると、サッカーやバスケ、バドミントン、野球…など、スポーツを楽しんでいる人が多いのですが、最近は、美術館や博物館などの文化施設が好きと言うろう者に出会うことも増えてきました。
そういう文化好きなろう者といろいろなところを訪れながら、これまであまり文化系のイベントに触れてこなかったろう者も巻き込んでいけたら楽しそうだな…とわくわくしています。
ろう者の暮らしに必要な情報に加えて、
ろう者の暮らしがもっと豊かに楽しくなる情報を。
「目のまど」はこれからも、聞こえない人たちが安心して文化施設を楽しめる環境づくりやしかけを、あれやこれやとやっていきます。
虎視眈々
実は今、地元のとある文化施設で、手話とは関係ない一般のボランティアをしています。
いつか、そこに訪れる聞こえない人たちに手話で解説する日を夢見ながら。