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小説、山小屋
私はある山小屋に一人でいた。ここは私の所有している別宅である。先日、長年連れ添った妻が亡くなった。彼女は収集癖があったため、私がこの山小屋をコレクションの置き場として提供していたのだ。今日はそこに遺品整理のために訪れいるというわけである。
外はというと雨だ。屋根が雨音を鳴らしている。私は黙々と遺品を整理する。
レコード、楽器、着物…私も知らなかった妻の趣味の産物たちが大量に出てくる。明らかに日本のものではない物品もあれば、古風で日本風なコレクションも見られた。作業もひと段落着いたので、私は部屋の隅に置かれていた椅子に座った。
ふと気づくと、先程まで液体を受ける音を発していた屋根が、静かになっていた。雨が止んだのか、と思い外を見てみると、白いふわふわが空からゆっくりと落ちてきているのが見えた。それは雪だった。
窓縁にもうっすらと雪が積もっている。昔、と言っても本当に昔、まだ私たちが学生だった時の話だが、妻と雪で遊んだ記憶を思い出した。妻は雪のよく似合う女性だった。息が白くなり、頬が赤みがかるくらいの寒さの季節が本当に似合っていた。学生服を纏い、私に向かって笑う彼女の顔を思い出した。
思い出し、泣いた。彼女の最期を看取った時も、葬式の時も、涙は出なかったのに。死因は老衰だったし、苦しまず静かな死に様であったはずだ。
人とはそう言うものだ。いつか死ぬものだ。死ぬいうのは人生の目的のような側面も持っている。死ぬ時にいかに満足しているかが重要なのだ。わかっていたし納得していた。ただ、やはり泣いてしまった。
私と妻は許嫁の関係であった。生まれる前からお互いの両親が取り決めていたらしい。許嫁とはいえ、私たちはよく気が合った。結婚後も揉め事はほとんどなかったし、多分愛し合ってもいた。私は妻に随分と世話になったが、その分妻のために働いたし、誕生日などには外食へ行ってささやかながらもお祝いをした。二人の子供を育てあげ、大学まで行かせ、今は二人とも家を出て暮らしている。孫も生まれた。
互いに大した不自由のない人生であったはずだ。妻も満足していたはずだ。私も満足に死ねるはずだ。気づけば涙は引っ込んでいた。私は椅子から立ち、静かな小屋の中で妻の遺品整理を始めた。人形、本、何かもよくわからない球体…コレクションを仕分け、箱に入れ、時には妻を思い出し郷愁に浸ったりもした。1時間ほどして、作業は終わった。私は再度椅子に座り、物思いに耽った。
しばらくして、屋根が再度音を立て始めた。雪が雨に変わったのだ。外を見ると、大きな雨粒がうっすらと積もった雪を穿いて溶かしていた。