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母という名の蔦(はじめてのカウンセリング①)
生まれて初めてカウンセリングというものを受けてきました。
きっかけは、最近読んだ毒親関連の書籍に「普段は何も考えないようにすること。考えるのはカウンセリングを受ける日だけにしましょう」とあって、
そっか!ずっと考え続けるからこんなにもしんどいのか!
と、改めて目から鱗だったからです。
とはいえ、私の親はアル中でも、虐待親でも、なんでもありません。
その時代にすれば一般的な、普通の家庭です。
私は元々HSP気味で、人より生きづらいなぁ…くらいのことは思っていましたが、それこそそれを何年もやってきたので、今さらカウンセリングを受けようと思ったことはなく。
今回行ったのは母親との関係が良くなくなってきたから。(あくまでも私から見て)
元々、母とはとても仲が良く、二人とも気質が似ているところもあり
二人で出かけては一日中おしゃべりしていられる、そんな親子関係でした。
二人で旅行も年に何度も行きました。
ただ、私に子どもが産まれてから、急激にその距離は離れて行ってしまいました。
子どもが産まれてから、と自覚したのはつい最近で、ここ数年間は
「なぜ急にこんなにも上手くいかないんだろう」と悩む日々でした。
母の言動に酷く傷つくことが多くなりました。
それは、上げるときりがありません。
息子の新生児時代、一人の時間が欲しいという私に対して「あんた本当にこの子のことかわいいと思ってるん」と言われたこと
義妹の前で長年悩んできた身体的なことを揶揄されたこと(母は長年悩んでいたことを知りません)
毎日は孫に会えない母に向けて始めた子育てSNSを「良い母ですアピールやと思ってた」と言われたこと
体調が悪いので息子を迎えに行ってほしいと頼んだ時、大丈夫の一言もなく「息子くんがかわいそうやから行くわ」と言われたこと
そして最近で一番、傷ついたこと。
それは、自分の大切なものを否定されたことでした。
私はとある小説を書くための学校に通い出しました。
きっと良い顔をしないだろうと思い、行きだしたことは伏せていました。
けれど、私の初めて書いた作品が、選ばれ、紙になり、多くの人に読んでもらえるという、自分の中では本当に本当にうれしいことが起きました。
私は、母に報告しました。
まるで、いや、完全に心は作文コンクールのことを親に報告する子どもでした。
でも、帰ってきたのは、心無い言葉でした。
「そんなこと、今やることか?息子くんを置いてまでやること?息子くんの成長は今しか見られへんねんで?今やらなあかん?それ。」
信じられない、という顔をしながら、本にちらりとも目を向けずに言い放たれた言葉によって、わたしの中の大切な何かが、ひどく、傷つきました。
母の言うことも、一理あるというか、そう言われても仕方がないところもあるとは思います。(その学校は2カ月に1回くらいしかなく、育児に支障はないと判断した上で受けてはいましたが。)
どれも、些末なものだと思います。
それゆえに、そんな些末なことに、大人になった今でもいちいちひどく傷ついてしまう自分の方に危機感を覚えました。
なぜ、こんなにも感情的になってしまうんだろう。
なぜ、母が否定すると、こんなにも傷つき、何もできなくなってしまうんだろう。
事実、あれほど、人生の糧を見つけた!私の居場所はここだ!と息巻いた小説の学校も、
母の一言で途端に色あせて見えたのでした。
それが、ただただ悲しかった。
色褪せたものにさせられた、と感じた。
思い返せば、私はこの人に手放しで褒められたことがあっただろうか?
あったとは思う。
でもそれは、良い学校に入った時、テストで良い点を取った時、そんな時ばかりだった気がする。
思い返せば、私はこの人に逆らって何かをしたことがあっただろうか?
20歳を過ぎて、興味本位でたばこを吸ったことがあの人に見つかった時も
「嘘つきは嫌いや」と言われ、母の口から直接的に「嫌い」と出たことに
ひどく、怯えた。あの時の怯えようも今思えば異常だった。
友達に話すと、友達は笑っていた。
「親なんてほっときゃいーじゃん」
そうだ、これを私はできなかった。
私の心には常に母がいて、ずっとずっと足止めしてくる。
それは母が意思を持ってしていることではなく、なんというか、母という名の蔦のようなもので。
私はまだ、それが振り払えないでいる。
この一件を機に、母とどう接したらいいのか分からなくなってしまいました。
「もう否定されたくない。無駄に傷つきたくない」という思いが強く、
以前のように母を気軽に呼び出し、あるいは母を訪れ、部屋で日がなしゃべる、ということができなくなりました。
いつものように母が家に来て、長い間滞在(長さ的には以前と変わらない)されることが、とても居心地の悪いものになりました。
ただ、母を遠ざければ遠ざけるほど、母に対する耐性もなくなるのか、
母の一挙一動すら怖くなってしまいました。
全てが自分を否定しているように感じて、また、大人げなく息子に嫉妬しました。
(息子は息子でかわいいし、息子に当たるとかではありません。ただただ、また息子か…と、いちいち思ってしまう。孫が可愛いだけなんですけどね)
それから毒親関連の書籍を何冊か読み、自分はAC(アダルトチルドレン)というものに該当するのでは?と思い始めました。
HSPの本に出合った時と同じ衝撃を受けました。
今まで、僻みっぽい、ひねくれてる、自意識過剰、被害妄想、と言われ続けてきて、本当に自分はそうなんだ、自分が人と違うんだ、欠陥品なんだ、
と思いながら生きて来たけど、思わされていただけなのでは?
というか、自分の辛さを、親のせいにしてもいいんだ。
私がダメな子だから、我慢できないから、ちゃんとできないから、
と、ずっと思ってた。
だけど、私は、ずっといい子でいようとしてきたし、我慢ばかりしてきたし、ちゃんとできてた。
それを、一番認めて欲しい人に、ずっと認められないまま、大人になってしまったんだ。
長くなってきたので続きます。→②はこちら