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地方に生きる社会人。よく考えてよく悩みよく泣きよく笑う大人です。noteは弱音と思考の…

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地方に生きる社会人。よく考えてよく悩みよく泣きよく笑う大人です。noteは弱音と思考のメモ。 やさしいひとでありたい。

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  • 2024

    2024の記録。2023は4本。もっと思考して、言葉にしていこう

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    2022毎日の記録

最近の記事

27歳、秋。自分を甘やかし過ぎな気がする話

今の世の中は自分を甘やかす文言に溢れているな、と思う。 自分へのご褒美、とか、そんなに頑張らなくてもいい、とか生きてるだけで十分、とか。 いや、もちろんそうは思う、思っているけど、だからとその言葉たちに甘んじて、毎日家に帰ってYouTubeだけ見てぼんやり生きてるのも、非生産的な気がしてならない。 思えば以前は仕事終わりにカフェに寄って、仕事をしたり、勉強したりしていた。 その頃を思うと、18時前には直帰してご飯食べてゴロゴロして寝るだけの毎日はいささか不摂生な気もする。 と

    • のんびり生きたいから「田舎」を選ぶのに、結局市場のライバルは「都会」な問題

      都会のセカセカしたところが嫌だ。見上げてもビルしか無くて、青空と山の稜線を楽しめる景観は広がっていない。 仕事でもいつも何かに追われていて、成果が出ないとぎりぎりと泣きそうな気持ちになって、嫌な気持ちになる。そんな働き方が嫌で、田舎に引っ越した。 (普段は地方という言い方をしているが、わかりやすく田舎と書く) 職場で周りを見渡しても、同じような理由でU/Iターンした人たちばかりだ。のんびり生きたい、仕事でしんどい思いをしたから帰ってきた、家族があるから戻ってきたetc…。

      • 自分を守ること、と誰かの価値観を許容すること

        「できるだけ頑なにはなりたくないし、これは少し違うんじゃないか」と思う人がいても、許容できる人でいたいと思って生きてきた。 だから、自分にとっては少ししんどいことでも、多少怒りはしても、許容できるようになろうと努めてきた。これを許容できないときに私は心が狭かったり、視野が狭かったりする人になるんじゃないかと思っていたから。 自分を変えることで、自分がなりたい『やさしいひと』になれるように努めてきた。 この2年で大事なことが少しだけ増えたり、自分自身をこれまで以上に認めること

        • 井の中の蛙、大海を知る

          2024年最初の取り組みはウィーン・プラハ旅行となった。 王宮貴族の文化が色濃く残るウィーンとカトリックが強く感じられるプラハ。同じ中央ヨーロッパなのに、全く文化や街の雰囲気が異なり、とても面白さを感じた ウィーンはほぼ1日程度、プラハ2日程度となかなか強行スケジュールで、ウィーンはお土産の買い忘れなども目立ったため、もう少しゆったりしたかった…と思いつつも、既に日本食が大変恋しく、まあこのスケジュールがちょうどよかったんだろな、とも思っている。 でもビアホールとか行けばよ

        27歳、秋。自分を甘やかし過ぎな気がする話

        • のんびり生きたいから「田舎」を選ぶのに、結局市場のライバルは「都会」な問題

        • 自分を守ること、と誰かの価値観を許容すること

        • 井の中の蛙、大海を知る

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        記事

          26歳、初冬。ひそやかに嫌なことを積み重ねる

          創作活動の源は私の弱い心に部分にある。 思い悩んで、どうすればいいか考えて、言葉や考えとして紡ぐ。 だから、弱っていたり、悩んでいたりする心を放置するとそれは生まれて来ず、自分の今の状況に気づけずにいてしまう。 もうずっと何かを言葉にしたかったはずなのに、正しく表現できずに今年を過ごしてしまった。最近は少し落ち着いて、考える時間ができてきたので、また書いてみようと思う。 久々に恋人ができたことで思うのは「自分」という人間について、フィードバックを得られる機会がとことん増えた

          26歳、初冬。ひそやかに嫌なことを積み重ねる

          悩みをうまく言語化できない、と思っていたけど、理由は答えが出ていて、行動していないからだった

          わたしにとって、一番幸せなことはなんだろうかと考えたときに、好きな人のそばにいることだと思う。 その結果、私はずっと自分に甘いままだ。 やっぱりルールを決めて、努力しなくてはならない と思う一方で 好きな人のそばにいて、自分らしくいられること を逃げとしてしまうのは、何だか虚しくもある これまでずっと、多分ちょっと頑張ってきた このままひとりで頑張って、生きて、死んでいくのは怖いと思いながら「でもそれでもいいじゃん!いつか頑張ってる自分を認めてくれる人に出会えるかもしれな

          悩みをうまく言語化できない、と思っていたけど、理由は答えが出ていて、行動していないからだった

          26歳 4月

          「悲しみがないと創作物は生まれない」というが、私も同じく、自分の中のダウナーな部分が表に出てこないうちは何かを書こうという気持ちになれない。 草木の美しさをその影に感じたり、春の匂いを夕方の暖かさに感じたり。 そういう、仄暗い自分によって感じることのできる様々な感情が自分にとっては本当に尊いものだと思う 誰かになにか言われたわけではないが、陽気で元気な自分を求められている気がして、そうやって生きていることが多い。 だから溜め込んで、噴出する。 弱い自分が出てくる。 でも

          26歳 4月

          いつの間にか遠くへ

          旧友から届いた手紙には、本が添えてあった。 小川洋子の往復書簡 小川洋子らしい独特の世界観が冒頭から綴られていて、仕事で疲れていた私は数ページ読んで、本を閉じてしまった。 何度読んでも良い本 彼はそう言ったけど、私は読みきれる自信がないなあと思いながら、表紙を眺めている。 いつの間にか、より遠くへ離れているなと思う。寂しいとかじゃなくて、そうなったんだなとただ、思う。 これを無我夢中で読めた頃はあったのだろうか、なかった気もする。ただ、いい本だとは思う。いい本。 でもこ

          いつの間にか遠くへ

          2022年の終わり。大雪のなかを生きる。

          但馬に大雪が降って、ハチ高原はすっかり銀世界となった。毎朝、除雪車が道の雪を除けてくれて、そこで暮らす私達は車が凍りついても大丈夫なように、ワイパーを上げて、サイドブレーキはかけないでおく(と良いということを、先輩が教えてくれた)日々が始まった。 今年は初めての体験ばかりだけど、この雪は別格だ。これほどの大雪の中で暮らしたのは実家ぶりだし、あの頃と違って、運転するのは母でも父でもなく、私自身だと思うと、不安な気持ちでいっぱいだ(なぜなら運転がスーパー下手だから)。不安すぎて

          2022年の終わり。大雪のなかを生きる。

          日常と思える景色の乖離

          25歳の写真100人展という企画をやっている。 展示写真のテーマは「日常」 「日常」と言われて、私はどの景色が日常なんだろうと思った。 今暮らす、但馬の景色を日常とするか、はたまた少し前まで暮らしていた仙台での景色を日常とするか。 結局、私は養父での景色を選んだ。それでも、自室、しかも仙台の頃と変わらない景色を選んだのは、仙台での暮らしがまだ私の中では日常として残っていたからだろう。 多分、誰かに遠慮した。 いつまで、あの頃を日常だと言うんだという誰かに遠慮したのだ。 けれ

          日常と思える景色の乖離

          夢は誰かに宣言せずとも黙々と叶えられると思った話

          「海賊王に俺はなる!」と某ゴム人間は言っているが、ああいう大声で夢を叫ぶのは、本当に勇気のある行動だと思う。 私は恐れ多くて言えなかった。自分よりすごい人たちがたくさんいる中で「デザインの仕事をしたい」なんて、夢のまた夢。 一介の文学部生だった私は「そんなチャレンジはむり。自分に合う仕事をしよう」とよくお客さんと話し、よく頭を使う仕事に就いた。 それは私のもう一つの大事なことである「誰かの支えになる」という軸を叶えるために選んだ仕事だった。 一社目で私は営業になり、日々お

          夢は誰かに宣言せずとも黙々と叶えられると思った話

          25歳晩夏。終わる夏と昼寝

          お昼ごはんを食べて、おやつを食べながら本を読み、うとうとして寝る。私のお休みの過ごし方としてはゴールデンルートなのだが、本当に久しぶりにこんな時間を過ごした気がする。 いわゆる個人事業主と呼ばれるようなものになり、おおよそ休み返上(というか休みという概念がない)で働いてきて、休みがあっても誰かとの交流に費やしたり、買い物に出たりとバタバタしていたので、なかなか落ち着いて部屋から一歩も出ないで過ごすことがなかった。 自分で選択したゆえの結果だから、不満があるとかではなく、シン

          25歳晩夏。終わる夏と昼寝

          25歳初夏。誰かの安寧を失わせないために

          久しぶりに自分の思想や、生き方についてのnoteを書く。 兵庫に来て、2ヶ月。行く前から行くと決めたときから、多分ずっと道に迷っていて、それが少し整理できた気がしているので、昨日友人に話したままに記録する。 「自分でやりたいことはない」これは将来の夢などを聞かれたときに応えていた常套句で、ずっと事実であり、また言い訳でもあった。 「自分でやりたいことってあんまりなくて。誰かの力になれてると感じられる方が頑張れるんですよねぇ」 これは本当に本当のことで、今も変わらない事実だ

          25歳初夏。誰かの安寧を失わせないために

          いつもの場所だったタリーズ

          とあるショッピングモールの1Fにあるタリーズ。その、あまり大きくないお店は私のこの2年間を語る上では欠かせない大切な場所だ。 1年半前、恋人がいた頃、そこはいつもの待ち合わせ場所だった。私と彼では仕事のスタイルが異なり、多くの場合は私が先にあがることが多かった。そこで私は彼の職場に近くにあった、そのタリーズでいつも仕事終わりを待っていた。 座るのは、できるだけガラス張りの入り口の正面。時折、ガラス越しに見える従業員退勤口を見上げて、まだかなあと待っていたのが、懐かしい。

          いつもの場所だったタリーズ

          明日から友達と疎遠になる話

          晴れた土曜。友達とドライブをして、いちご狩りに行った。 初夏のような暑さで、春先の寒さを信じ込んだ東北人の私達はどうしてヒートテックなんてインナーに着てきてしまったんだろうねなんて後悔していた。 山道を抜けて、山形から宮城へ抜けた。 途中小さな集落でお昼寝中の猫の通行止めにあったり、ナビに騙されて冬季閉鎖の山道に行く手を塞がれたりしながら、のんびりとドライブを楽しんだ。 山元町では、私の好きないちご屋さんでいちご狩りをした。彼はいちごがとても好きだったから、一度連れてきて

          明日から友達と疎遠になる話

          2022.3.14 諦めたくない先に描くもの

          本日最終出勤日。 これからの生き方に目を向けて、今思うことを書く。 この2年間、痛いほど思い知ったのは「お金がない」「この組織では無理」と諦めた先の影響力の弱さかもしれない。 それぞれの事業には、目指したい規模、みたいなものがおそらくあり、その目指し方は様々だが、何にせよ、売上が立たないことには、目指すことはできない。 その売上を立てるために、特にtoCで必要なことが「ブランディング」。 「あぁ、ひょうたん揚げの会社でしょ」 「秋保にある、おしゃれなカフェだ」 「季節限定パ

          2022.3.14 諦めたくない先に描くもの