「ありがとう」から始まる好循環
「何者か」になってこれからの時代を生き抜こう。
という言葉は何度も耳にしているものの、いざ自分の価値を考えると何も浮かんでこず「何者にもなれないのではないか」という不安に襲われてしまいます。
「何者か」になれる人はストイックで頭が良くて影響力のある選ばれた人だという固定概念もありました。
尾原和啓さんの新刊、「あえて数字からおりる働き方」のいちばん最初のページには以下の言葉が書かれています。
いつか何者になりたいと思っているすべての人と
自分は何者にもなれていないと思っているすべての人と
変化できないまま錆びてしまうことを不安に思っている人へ
まずあなたが、誰かにとっての何者かになることからはじめてみよう。
私はこのページを読んだ瞬間からわくわくが止まりませんでした。
「誰かにとっての何者か」という「意味」から始まり、それがつながっていくと第三者から見た時の「何者か」になれるんだと。
そう考えるなら、もしかしたら自分でも「何者か」の一人になれるかもしれないなぁと感じました。
本のタイトルで使われている「数字」はお金やいいね!数、フォロワー数なども含まれています。
一見数字が大きいとすごいと思われがちですが、そういった数字には温もりが欠けているような気がして、私は数字を追うことに苦手意識があります。
フォロワー数が多いと影響力がある、だからまずフォロワー数を増やすのが正義というように言われるけど、それは画面の向こうの相手を見ていないのでは?誰でもいいの?と思い、違和感がありました。
こちらの本では以下のようにも書かれています。
誰かから「有難う」と言われるGIVEを繰り返すこと。
GIVEを繰り返すことによって特定の誰かにとって「意味のある」存在になること
特定の誰かにとっての「意味のある」存在になることを重ねていくこと
それによって、ある意味の流れの中で特定の人たちに呼ばれる「何者かになっていく」。
誰かからの「有難う」をもらえるということは、矢印が自分に向いていてはいけません。
相手のことを想像し、この人なら喜ぶだろうなと考えられるGIVEができなければ「有ることが難しい」にはならないですよね。
「ありがとう」は、言う方も言われる方も温かくポジティブな気持ちが生まれます。
目の前の人とGIVEを介した温かい関係性を築き、そのつながりが自然と広がっていくことで輪が大きくなることが理想です。
「意味のある関係をどれだけ増やせるか」ということを改めて考えさせられました。
ここまでまだ「はじめに」の10ページぐらいなのですが(笑)、私は「何者かになる」に悩んでいるあまり、「何者になれるはずがない」という思い込みがあることに気づきました。
目の前の人にとって「意味のある」存在になること、それならなれるかもしれない。
まだ小さい世界の中だとしても、「何者か」には既になっているのかもしれない。
そういう視点からこの後の章を読み進めると、さらに自分ごと感とわくわく感が増していきます。
あまりにも面白く、興味深くて2時間ほどで一気読みしてしまいました…!巻末には尾原さんと前田裕二さんとの対談もあります。
読書感想はまた改めてまとめようと思います!本当に面白かった。
そして、メモ魔塾の中では本日メモ魔塾限定配信で行われた講演会の様子がアーカイブで残っています!
尾原さんのお話しは結論が本の中に書かれていることにつながるものの、アプローチの角度が違い、さらに本の理解が深まりました。
講演会の中で行ったあるワークが印象的です。(ぜひアーカイブで一緒に体験して欲しいです!)
「何者かじゃない人なんていないんだよ」という尾原さんの言葉が響きました。
メモ魔塾生の方はぜひ、メモ魔塾内のスレッドからご覧になってみてください!
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