【暴走と御姫様とゴキブリ?!~DQNネームに御用心~】隠れマウンティングママに待ち受けていた恐るべき落とし穴
「鈴木さーーん/診察室にお入り下さーい/スズキケイコさーーん!!」
「「「「「はーーい!!」」」」」
とある産婦人科医院の待合室。名前を呼ばれた4人の妊婦が一斉に立ち上がり、全員が自分を指差しながら、互いに顔を見合わせた。
医院からの帰り道、4人の「スズキケイコ」達はすっかり打ち解けていた。全員名前だけでなく、なんと出産予定日も同じ、しかもご近所同士だという。
主人公の「スズキケイコ」は恵子。もう1人は巻き髪に黒のドレスワンピースという派手な身なりの慶子、2人目は金髪でヤンキー風のケイ子、3人目は化粧っ気もなく無造作に髪を束ね、眼鏡をかけた地味な印象の桂子。良くも悪くもそれぞれに外見に特徴のある彼女達にくらべ、恵子は肩までかかったゆるふわ髪以外、これといって特徴のない平凡な容姿だ。
意気投合した「スズキケイコ」達はその場で仲間になり、やがて出産の日を迎えるが、なんと4人同日の出産となった。
「まさか全員同じ日に出産とはね~」 「恐るべし!!スズキケイコパワー!!」
産院の病室に集まった「スズキケイコ」達は盛り上がる。当然、話題はすぐに子どもの命名に移った。
ケイ子にうながされ、恵子はいちばんに子の名前を発表する。
「ウチは『愛』が『生』まれると書いて『愛生(まなみ)』」
しかし他の「スズキケイコ」達は口を揃えて「平凡~」と反応する。
「何よ~/そういうケイ子は何て名前にしたのよ?」 「ウチ?聞いて驚くなよ」 そしてケイ子はドヤ顔で、自分が命名した息子の名を披露する。
「『暴走(ぼうそう)』超カッコイイだろ?」
(はぁ!?)と内心ドン引きする恵子をよそに、慶子は「ケイ子らしい~っ」とはしゃぎ、ケイ子本人は「アタシ現役バリバリの走り屋だかんね~」と、ご満悦だ。
そして慶子は「やっぱり女の子ですもの/とびきりゴージャスで可愛い名にしようと思って…」
「『御姫様(プリンセス)』にしたわ」
と、満面の笑顔を浮かべる。
またもドン引きする恵子だか、ケイ子は「ウケる~っ『御姫様』と書いてプリンセス!」そして桂子は「『様』までついてるとこが慶子さんらしいですね」と平然としている。この時点で既に恵子は彼女達のノリに青ざめているのだが、恐る恐る、桂子に尋ねる。
「あ…桂子は?(どうかまともな名前であってくれ…)」と内心びくびくしながら。 「私は…精神的に弱いところがあって…だから子どもには打たれ強い子になって欲しくて…」 おずおず息子の名の由来を話す桂子は、最後の最後に爆弾を投下した。
「【ゴキブリ】にしました♥️」
自分の常識の範囲を遥かに超越したその命名に、もはや恵子は言葉もない。しかしケイ子は「確かに!めっちゃ打たれ強そう~!!桂子ナイスネーミング!」と爆笑し、慶子は「人類滅亡しても生き残る的な~?」と、すんなり受け入れ、桂子はふたりに誉められた(?)ことに、密かに照れている。
(みんなホントにいいの? その名前でっ!)
「ーーそれでね/結局みんなその名前付けちゃったのよ」
退院後、自宅のダイニングテーブルで夫の向かいの椅子に座りながら、ため息まじりに一連の話を語る恵子。 「それはちょっとなぁ…」 と、夫は至極当然の反応を示す。 「でも、家族は反対しなかったのか? 俺だったら絶対反対だけど」 「それがね…」
ケイ子宅はヤンキー夫婦で、同じく現役の走り屋である夫は大賛成、親からはとっくの昔に勘当されている。 慶子はキャバ嬢のシングルマザーで、家出同然に家を出てきており、出産以前に妊娠のことすら実家に知らせていない。 桂子は夫婦ともども両親は既に他界しており、夫は子どもにまるで無関心。 つまり、誰も止める者がいなかったのだ。
恵子は顔を曇らせ、私がとやかくいうことではないが、同姓同名の母親から同じ日に産まれた子ども達だから放っておけなくて、と夫に訴える。そんな恵子の健気さに、夫は恵子を包容した。
(この子が産まれてくれて本当によかった。まさに「愛」が生まれたのね) 眠る愛生に寄りそいながら、恵子は心から幸せを噛みしめる。
しかし、ケイ子、慶子、桂子達とはまったく異なる意味で、恵子もおおよそまともな感覚の持ち主ではなかった。実は夫とは不倫の関係から始まり、恵子の妊娠を機に略奪婚の身で、チャペルで盛大に挙式していた過去があった。 そのうえ、夫は前妻が不妊だからという理由であっさり離婚しており、夫もまた、恵子と同類の人間だった。恵子が夫の前で見せた健気な優しさはいつわりのもので、内心では、
(ホントは他人の子どもの名前がどうだろうと、知ったことじゃないけど…)
と、腹黒い笑みを浮かべる。それが恵子の本性だった。
時は経ち、4人の子ども達は幼稚園児年中になっていた。しかし、愛生以外の3人は年長組の園児達から、暴走くんは男児から不良、暴走族と呼ばれて泣かされ、御姫様ちゃんは女児からウチのママが名前負けって言ってたわよと蔑まれ、ゴキブリくんは(ゴキブリは)悪い虫なんだぞ、見つけたら叩いて殺さなくっちゃ! と、男児達数人から、棒や箒の柄で日常的に叩かれていることが、愛生の口から語られる。
ケイ子はブチギレ、慶子は御姫様のどこが名前負けだっていうの!?と親バカ丸出しで(母親の慶子はキャバ嬢だけあって美人なのだが、御姫様ちゃんは父親似らしく、糸目、豚鼻、そばかすだらけの顔で、はっきり言ってブスである)そして桂子は、私も…甚だ心外です、と静かに怒りを露にする。
(よくいうわよ/いじめられて当たり前の名前じゃない)
恵子は内心であきれるが、口には出さない。重ねて、愛生さえいじめられなければ別にいいんだけど、と安心感に浸る。
そして数年後、4人は同じ小学校に入学する。「小学校ではいじめられないといいんだけど…」 「幼稚園じゃさんざんだったもんね!」 ケイ子と慶子のやり取りを聞きながら、 (無理よ/その名前じゃ小学校でもいじめられるわ) と、恵子はほくそ笑む。そこに、PTAの役員であり、恵子の学生時代の友人が声をかけ、ふたりはケイ子、慶子、桂子達から離れた場で話をする。恵子は彼女らを、
「暴走、御姫様、ゴキブリの母親。笑っちゃうでしょ?」
といやらしい笑みを浮かべ影口を叩くが、友人から、ああいう奇抜な名前はDQNネームや夜露死苦ネームと呼ばれ、親がモンペの可能性が高いため、名前の時点で教員から問題児としてマークされるという事実を伝えられ、愛生ちゃん、とばっちり受けないようにね、と忠告される。
そして始まった学校生活は、やはり愛生以外惨憺たる有り様だった。ファミレスに集ってお茶を飲みながら、まずケイ子は、この間、ウチの暴走が6年生達にいちゃもんつけられて泣きながら帰って来た、とボヤき、慶子は他のクラスの生徒や上級生達までわざわざ教室に来て、あの顔のどこが御姫様? ヒデー顔、名前負け! と晒し者にされていることを語り、先生に言って注意してもらおうかしらというが、桂子は先生なんて当てになりませんよ、とつぶやく。
ゴキブリくんもさんざん汚いといじめられ、担任に相談したが、担任はニヤニヤしながら、確かにいじめた方にも問題はありますが、その名前じゃね…と、まるで取り合ってくれなかった、と。
ケイ子は煙草を吹かしながら、いっそバイクで学校突っ込んでやろうか!? といい、慶子はそれなら勤め先のキャバクラの用心棒に頼んであげるわよといい、桂子はネットに学校の悪口書き込んでやりましょうよ、と提案する。
(ああイヤだ/こいつらと一緒にいるとバカがうつりそう…)
と、その低レベルな会話に参加することなく、彼女らを心中でバカにしながら傍観している。幸運にも愛生はとばっちりを受けることなく、クラスの人気者となって、いじめとは無縁の学校生活を楽しんでいる。それでも恵子が「スズキケイコ」の輪から離れずにいるのは、子ども達がまだこれから6年間も同じ小学校に通うママ友だからというしがらみ以前に、
(こいつらといると優越感に浸れるのよね)
という、自分だけの密かな特権からだった。
高学年になっても愛生は笑顔で毎日いきいきと登校するが、暴走くんは自分が暴走族、不良といじめられて不登校気味になり、御姫様ちゃんは化粧しなければ登校出来なくなり、ゴキブリくんは周囲から汚い、汚いと言葉の暴力を受け続けた結果、何度も手を洗うことが止められない、重度の強迫神経症に陥っていた。
ーー中学入学後、あれだけ周囲から不良、暴走族といわれることを嫌がり、僕はそんなんじゃないのにと涙していた暴走くんは開き直ったのか両親の血ゆえか、煙草を吸いながら気弱な同級生をカツアゲする不良と化していた。
御姫様ちゃんは中学生にして美容整形を受け、目も鼻もすっかり綺麗に整ったが、それが後々悲劇を招くことになるとは夢にも思っていない。
ゴキブリくんは中学校には一度も登校せず、汚部屋にこもって母の桂子が差し入れる食事を食べるだけという、まさにゴキブリのような引きこもりとなっていた。
一方で愛生は、中学入学以来成績は常に学年トップクラス、部活では1年生にしてレギュラー入りという優等生、家では自ら進んで母親の家事を手伝う、完璧なまでの「いい子」になっていた。
しかし、完璧過ぎる存在は諸刃の刃となる危ういものであることに、有頂天な恵子は気づく由もなかった。
さらに時が経ち、子ども達が高校生になる頃には、それぞれの母親である4人の「スズキケイコ」達も疎遠になり、付き合いも自然消滅する形になった。
ーー暴走くんは少年院送り。 ーー御姫様ちゃんは整形中毒になった挙げ句、顔面崩壊。 ーーゴキブリくんに至っては噂さえ聞かない、近所の住民達からも完全に忘れ去られた存在になっていた。
結局4人の幼なじみの中、愛生だけがまともな高校生になっていた。
(同じ日に同じ「スズキケイコ」から産まれたのに、こんなに差がつくなんて…勝ち組は私だけかぁ~)
恵子は自分の独り勝ちを確信し、底意地悪く勝利の笑顔を浮かべる。
愛生は名門高校に入学出来た、このままいい大学に進学して、後は玉の輿に乗ってくれればーーと、娘の、そして母親の自分にとっても輝く未来を夢想する恵子。そこに、愛生が帰宅する。
「あらお帰り/今日のテストどうだった?」 それは恵子にとっては永遠に続く、平和な日常生活の一風景に過ぎないはずだった。しかし愛生の口から出た言葉はテストの結果ではなく、
「私妊娠した。高校辞めて彼と結婚する」
「は?」
「私決めたの!/私…ママが名付けてくれたように『愛』に『生きる』って!/彼も離婚して私と結婚してくれるって言ってるし!」
一方的にまくし立てる愛生の言葉を、混乱の極みの中で必死に理解しながら、かろうじて理性を保つ恵子は愛生に問う。
「ちょ、ちょっと待って…妊娠…離婚って…相手は…?」
恵子は既婚者との不倫と略奪婚の果てに、そして夫も妻のある身で不倫し、不妊の妻を捨てて今の家庭を築いたことなどとうに忘れ去っているに違いないが、娘の愛生は確実に両親の血を受け継いでいたのだ。 それも、母親の血を色濃く受け継いで。
「紹介するわママ/私の彼氏ーー」
(ああ、私…子どもになんて名前つけちゃったんだろう…)
「【悪魔】くんよ」
愛生の彼氏は金髪に加え、耳だけでなく顔面にも口から付き出した舌にもボディピアスを施し、右鎖骨と右腕にタトゥーを彫った青年だった。
『愛』が『生まれる』と書いて愛生。確かに愛生には愛が生まれた。そして愛生のいう通り、彼女は『愛』に『生きる』こととなった。
この作品にはホラーや非日常の要素は一切ないが、個人的には是非とも「世にも奇妙な物語」でドラマ化してもらいたいと思っている。
©️笠倉出版社/「毒親を持った子供たち~幸せを呼ぶ赤ちゃんポスト~」収録/電子書籍のみ