【八尺八話快樂巡り】~雨の夜に出会った謎めいた美女と青年の淫猥な怪談語り~
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ーー小さい頃に出会った彼女を……今でも鮮明に思い出す/大きくて優しくて美しいひとは/どこまでも心地良く自分を抱きしめた/彼女と会ったのは一度きりだけれど/あんなにも美しいひとにはあれから出会った事が無い
《彼女は菩薩のような美しいひとだった》
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土砂降りの雨の夜、空車のタクシーが街中を走っている。運転手はその業界には珍しい、制帽をかぶった若い女性。街中から離れた人気のない場所で、彼女は1台のバイクのかたわらに立ち、全身ずぶ濡れになって手を上げている1人の青年を見かけ、タクシーを停めた。
「戌吠町まで……お願いします……」
タクシーの後部座席に座った青年に、女性ドライバーはタオルを差し出す。聞けば、彼は目的地に向かう途中でバイクがエンストし、携帯も電波が繋がらず、さらに雨が降って来て身動きが取れなくなったのだという。しかし雨はさらにひどくなり、視界が悪いためこれでは目的地まで時間がかかりそうだと、女性ドライバーはしばし車内で雨宿りすることにし、料金メーターを止めた。
女性ドライバーは豊満な肢体に長い艶黒の髪を垂らした美女で、女にしてはかなりの長身である。
「……運転手さんはとても背の高い方なんですね」
両眼が隠れるほど前髪の長い、どことなく陰のある青年に指摘され、女性ドライバーは明るく笑顔で返す。
「やだなーはずかしいじゃないですか!/そうなんです/そのせいで里では結構有名で困ってたんですよ!」
その返答に、何故か青年は不気味な笑顔を浮かべ、女性ドライバーに提案する。それじゃあ暇つぶしにひとつ、と、
「怖い話でもしませんか?」
そして青年は語り始めた。
「第1話【八尺様】」の物語をーー。
夏休み、A君というひとりの男子小学生が父方の祖父母の田舎の家を訪れる。虫採りをして遊んでいたA君は、今日の獲物であるモンシロチョウ、カマキリ、ショウリョウバッタが入ったブラスチックの虫カゴを覗いていた。そこに、
ぽっ
ぽっ ぽ ぽ ぽ ぽっ
途切れ途切れの鳩の鳴き声のような声の主は、女だった。
「ぽっ」
女は横顔でA君を見た。逆光で顔はよく見えないが、黒眼がいやに目立つ三日月のような左眼と口角は不気味な笑顔を形作り、彼を見た。 全身におぞけを覚えたA君は、慌てて家に逃げ込んだ。つばの広い麦わら帽子をかぶり、長い髪をなびかせた女の頭は、祖父母宅を囲む、大人の男の身長より頭ひとつ分高いはずの塀からさらに突き出て、着ている白い服の細い肩紐と、剥き出しの肩口が見えるほどに、異様に背が高かったーー。
その晩、A君は畳の居間に置かれた長机の上で祖父母と夕食を囲んだ。年に数回しか会えない孫のために祖母が作った夕食は煮物に冷やしトマト、たくさんの唐揚げと、一汁五菜もある。祖母が揚げた鶏のからあげをすっげーうめー!と喜んで食べる孫の言葉と姿に、祖父母はそろって顔をほころばせる。絵に描いたように幸せな夕食のひとときだったが、A君が何気なく発した言葉に、場は一瞬にして凍りついた。
「今日すげー背の高い女の人見てさー/あとなんかぽぽぽ……て言ってたけど……」 「いつだっ!?いつそれを見たんだ!?」 祖父はA君の肩をわしづかみにして問い質すや否や、血相を変えてどこかへ電話をかけ、祖母は手を合わせて全身を震わせている。
祖母はA君に言った。 「おまえはね……」
「八尺様に魅入られちまったんだよ」
祖母が語るに、八尺様とはその地方に伝わる化け物のようなもので、名のとおり八尺(240センチ)もの大女。和服、喪服、野良着と服装は様々だが必ず頭に何かをつけて現れ、男の子を狙う。そして魅入られた者は数日中に取り殺されてしまうーーと。
その晩、A君は大量の御札と、窓にガムテープで厳重に新聞紙が貼られた一室で一晩を過ごすよう、そして明日の朝7時になったら自分で起きてくるようにと祖父から厳命される。
「わしらが夜中おまえを呼ぶことは絶対ない、何があっても戸は開けるな」と言い渡されて。
しかし都会育ちのA君にはいまいち実感がなく、不安と妙な興奮からなかなか寝つけない。夜1時近くなったそのとき、またあの声が聞こえて来た。
ぽっ ぽっぽっ ぽっ ぽぽっ ぽっ
飛び起きると同時に、部屋の戸を激しく叩きながら、祖父が戸の向こうから、もうだめだ早く逃げろ!!と叫ぶ声が聞こえる。
「どうしたんだよじいちゃん!!」
A君は何事かと戸を開けてしまったが、暗闇の廊下には誰もいない。
部屋の中から、彼の背に向かって二本の腕が伸びていた。その先端にある十指の先に生えた爪は、真っ黒に尖っている。
「こ ん ば ん は」
A君は、背後から全身を絡め取られた。祖父の声色をそっくりに真似た、八尺様の罠だった。女怪に魅入られてしまった男が御札を貼った部屋にこもるが、自ら外に出てしまうというパターンは「雨月物語」の『吉備津の釜』の正太郎と磯良、「怪談牡丹灯籠」の新三郎とお露と言った、日本の怪談のお約束事をしっかり踏まえている(後者は伴蔵とお峰夫婦の金目当てによるもので、少々趣は異なるが)。
真夏の夜にも関わらず、殺される恐怖からガチガチ歯を鳴らすA君が声も出せずに涙を流しながら恐る恐る眼を開けると、そこにいた八尺様はーー慈愛に満ちた微笑を湛えた、あまりにも美しい女だった。
唐突に、八尺様はA君と唇を重ねた。彼の舌を絡め取り、離れた唇と唇の間から唾液が糸を曳いて互いの顎をねっとりと濡らすほどに。そしてその一晩、A君は八尺様とともに互いの肉体を貪り合い、淫蕩の限りを尽くしたーー。
翌朝、いくら待っても部屋から出て来ない孫に痺れを切らした祖父が部屋に向かうと、そこには全裸でぐったりと倒れ伏したA君の姿があった。事情やいきさつを推し量る間もなく、A君は全裸のまま祖父に背負われ、八尺様の眼を欺く為、地元の親戚の若い男達ばかりが乗り込んだワゴン車の中に運ばれ、頭から大きな布で全身を隠し、村から脱出を図る。
しかし、八尺様はワゴン車を追って来た。例えようもないほど美しい顔を哀しみに染め、涙で濡らし、
「お願い……いかないで……おねがい……おねがいよ……」
と、ワゴン車の屋根に手をつき、追いすがる。
「ごめん……」 「でも俺(達)……一緒にいちゃ駄目なんだって……」
A君は八尺様と別れなくてはいけないことを涙ながらに謝るが、彼には惜別の涙を流す美女にしか見えない八尺様の姿形は、車内に同乗する親戚の男達には、光彩も瞳孔もない真っ黒に塗り潰された化け猫のような瞳を大きく見開き、同じく真っ黒に開いた口から、
ぽっ ぽっ ぽっ ぽっ ぽっ
と、意味のわからない声をもらすだけの、女怪の大きな無表情な顔面だけだった。
「……そして親戚達のおかげで村を抜けたA君は/無事に八尺様から逃げ延び二度とその田舎に帰ることはありませんでした」 「おしまい」
「………………怖いですねぇ」
女性ドライバーは笑顔を浮かべつつ冷や汗をかきながら、率直に感想を述べる。しかし、
「……でも/女性の気持ちで考えると……少し切ない気もしますね」 「……そうだ/まだ雨も止みそうにありませんし」
「次は私が怖い話をしましょうか」
ーーそして女性ドライバーは語り始めた。「第2話【ヤマノケ】」の怪談を。第3話【マネキン】は青年が、第4話【姦姦蛇螺】を、女性ドライバーが交互に語る。
自分を裏切り、生け贄に差し出した者達からもぎ取った6本の腕を裸体の上半身に繋ぎ合わせ、下半身が大蛇と化した怨念に満ちた巫女と少年とが交わり、結ばれた4話目の怪談【姦姦蛇螺】の話を語り終えた女性ドライバーは、
「魅入られたヒトというのは/哀れなものですね……/そう思いませんか?」
彼女がそう問いかけると、何故か青年は今までとは微妙に違った反応を示した。
「……そんなに恐ろしかったですか?」 「いえ……そういうわけでは……」 「ヒトと異形とは幸せになる事はできるんでしょうか」 「どうでしょうね/昔話ではよくある話ではありますけどね」
昔話ではよくある話と語っている以上、女性ドライバーは知っているはずだ。人間の女に姿を変えた鶴も狐の葛葉も雪女も、一度は夫婦(めおと)となりながら、最後は破局を迎えたことを。
ーー気を取り直した青年が次に語ったのは「第5話【シシノケ】」そして「第6話【牛の首】」「第7話【くねくね】」と、いずれも人間の男女が異形の者に犯される淫猥な怪談語りを、ふたりは1話ずつ交代しながら語り続けた。
気がつくと雨は止み、夜空には満月が輝いている。女性ドライバーは、ようやく客である青年の目的地に向けてタクシーを出発させた。
田舎町を走る道すがら、女性ドライバーは、
「あなたにとって一番怖いかもしれない話をしましょう」と、「第8話【猿夢】」を語り出したーー。
それはこれまでの怪談語りとはまったく異なる、何回目覚めようと、生きている限り眠りに就くからには絶対に逃れることの出来ない悪夢の物語だった。
後部座席で、青年は歯を食い縛り、無言のまま全身に汗を流しながらひどく怯えている。猿夢なる怪談に恐怖を感じているからではなく、何かもっと、恐怖とは違う別のものに必死に耐えるようにーー。
「私/思うんですよ」 「『夢』を夢と呼ぶのは実は目覚めた人だけで/目覚めなければそれは本人にはただの現実なんじゃないでしょうか」
青年の様子が明らかにおかしい。大丈夫ですか?顔色が悪いですよ、と女性ドライバーに指摘された青年は、自らとある淫夢の話を話し出した。
夢の主は最初に語った少年。一番最初にした八尺様の後日談だという。
「あの子も夢を見るようになったんです」
祖父と親戚達の力で村を逃げ、助かった少年は無事自宅に生還し、夏休みも終わり、また学校に通う日々に戻り、日常を取り戻したかに思えた。
しかしあの夏の日以来、毎晩のように八尺様が夢に現れ、八尺もある大きな両腕と胸に抱かれる。やがて年を重ねた少年の肉体が大人のそれに変わり始めると、少年は夢の中で毎晩のように八尺様と情交し、射精し、八尺様もまた彼に貫かれ、潮を吹くほどに絶頂に達する。
そして少年はいつしか思うようになる。 《あの時何故自分は……彼女から逃げてしまったんだろうと》
「……既に彼は夢と現実の区別がつかなくなっていたのかもしれません/その頃には彼女がいつも近くに居る様な錯覚にいつも襲われていました」
夏の繁華街の中に、八尺様の幻影を見る青年の姿が描かれる。大人になった彼が駆け寄るも、それはあのつばの広い大きな麦わら帽子をかぶった、腰まである長い艶黒の髪を垂らした八尺様などではなく、つばの短い、飾りの着いた麦わら帽子をかぶった、人間の女。
「帽子を被っている髪の長い女性は全て彼女に見え/彼は次第に人とも付き合わなくなっていきました」
あの日に帰りたい、帰りたいーー頭の中はその事のみに支配され、確実に精神を蝕まれた彼に、先日、10数年前のあの夏休み以来、会えなくなった祖父から電話がかかって来た。
『八尺様を(土地に)封じている地蔵が誰かに壊されてしまった』と。それを聞いた彼はいてもたってもいられず、どうせ殺されるなら、と田舎に自ら赴いたのだった。
「彼女がずっと自分を呼んでいる!だから俺は!俺は……」
後部座席でひとり両手で頭を抱え、苦悶する青年が顔を上げると、長い前髪の隙間から現れたその両眼からは、身も心も限界に達した自分自身を持て余す涙が流れていた。だが何故か、女性ドライバーは先ほどから一言も発することなく、黙り込んでいる。
ーーたとえ殺されようと八尺様と再会する長年の想いを叶えるべく、単車で田舎に急ぎ駆けつけようとしていた客の青年こそが、成人したあのA君本人だったのだ。
「……俺はまだ夢を見てるんですか?/八尺様……!」
次の瞬間、運転席のルームミラーに、驚愕に見開かれた青年の両眼が映った。
「ぽっ」
運転席から後部座席に振り返った女性ドライバーは、座席のシートの裏にあの黒く尖った爪を立て、あの光彩も瞳孔もない真っ黒な瞳で、彼を見据えていた。女性ドライバーの正体は、八尺様だった。
《頭に何かをつけ、服装は和服、喪服、野良着と服装は様々な》という言い伝えどおり、制帽を被り、服装はタクシードライバーの制服という姿でーー。
読者の目線からは、八尺様は先述のとおり真っ黒に塗り潰された瞳に、意味のわからない「ぽっ」という一言をつぶやいただけだ。だが青年の両眼には間違いなく、懐かしく幼い頃から恋に恋焦がれ続けた姿形で、
「お帰りなさい」
と言い、タクシードライバーの制服ではなく、遥か昔、夏の日に出会ったときそのままの、肩紐の細い白いマキシ丈ワンピースを着、あの例えようもないほど美しい顔で、彼に向かって微笑んでいるのだ。
「ああ……」
青年の苦悶の涙は、一瞬にして歓喜の涙に変わった。何故なら彼が最後に口にした言葉は、
「ただいま」
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ーー補足だが、第1話冒頭でA君が捕まえたショウリョウバッタのショウリョウは精霊と書き、モンシロチョウの天敵はカマキリだという。そしてモンシロチョウは死者が姿を変えるとの言い伝えがあり、カマキリの雌は交尾の最後に雄を喰い殺す(日本に生息するカマキリの種にこのよう生態は実際にはないらしいのだが)。
精霊。死者が化身するモンシロチョウ。それを補食する、交尾の最後に雄を喰い殺すというカマキリ。どこか蟲毒を思わせるそれらの虫が1つの虫カゴの中に捕らえられ、八尺様に魅入られるA君がそれを覗く描写は作者の方が意図したものなのか、ただの偶然なのか、興味をそそられた。
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