海外研究者による抑うつの分布の論文
本日は抑うつの数理分布に関するヘルシンキ大学の研究者の論文を見つけたので報告します。下記の論文です。
Talkkari, A., & Rosenström, T. H. (2024). Non-Gaussian Liability Distribution for Depression in the General Population. Assessment, 0(0). https://doi.org/10.1177/10731911241275327
この論文は一般人口における抑うつスコア(PHQ-9)の分布が正規分布かどうかをDC-IRTという方法を用いて検証したものです(DC-IRT is a method for fitting unidimensional IRT models with maximum marginal likelihood estimation, in which the latent density is estimated)。用いたデータは米国政府による健康調査NHANESのサンプル約3万6千人です。
結果としては、やはり抑うつの分布は正規分布ではなく、右に歪曲した分布となりました。我々はNHANESのデータは過去に何度も分析しましたが、Talkkari, Aさんらの結果と同じでした(ちなみに我々は右に歪曲しているというだけではなく、ゼロスコア近辺を除いて指数分布に従うことを既に2018年に報告しています(S Tomitaka, et al BMC Psychiatry 18(1) 2018)。
方法論は違いますが、我々の主張を裏づける報告と思います。海外の研究者が抑うつの分布の数理パターンの研究を報告してくれるのはうれしいですね。有難いことにTalkkari, Aさんらは我々の論文を7本も引用してくれました。
一般の方は、DC-IRT法を用いて抑うつの分布が正規分布かどうかを検証したと聞くとかなり専門的な研究をしていると思われるのではないかと思います。実はこのテーマはそれほど難しい話ではなく、むしろ中学生でも理解できるようなテーマなんです。その点を説明したいと思います。
そもそも一般社会における抑うつスコアの分布はどんな形が見てみましょう。
上記は米国で行われたNHANES調査の結果です。スコアがゼロ(抑うつ症状がない)の人が一番多く、スコアが増えるほと頻度が減少しています(ちなみにスコアが10点を超える人はうつ病の可能性が高い)。
分布の形は明らかな右肩下がりですね。上のグラフが釣り鐘型の正規分布に見える人はいないんじゃないかと思います。これをTalkkari, A.さんらはグラフではなく、DC-IRTという方法を用いて非正規分布であることを報告しました。
見ればわかるような事実をDC-IRT法とやらを使ってわざわざ証明して何の価値があるのか、と思われた方もいると思います。しかし抑うつスコアが正規分布に従うかどうかという問題は、心理統計学の点からも、また抑うつについて理解するためにも、非常に重要なのです。
大量のデータから得られた分布の形(数理パターン)はその現象のしくみを反映するからです。例えば正規分布は様々な効果の和によって成り立つ現象で現れます。身長や誤差は正規分布に従います。
では抑うつのような右肩下がりの分布はどういった数理パターンを示すのですのでしょうか?あるいはその数理パターンはどういった仕組みで生まれるのでしょうか?こういったことが明らかになれば、「抑うつ」に関する理解は進むはずです。
理由はよくわかりませんが、現在の心理統計学では分布の形を調べる研究はあまり行われていません。正規分布を想定した手法(因子分析や項目反応)を用いた研究がほとんどです。
そういったことを考えると、Talkkari, Aさんらのような研究は非常に価値があると思います。ちなみにTalkkari, Aさんらはヘルシンキ大学に所属しています。ヘルシンキ大学は立派な大学ですが心理学部も充実しているようです。一度ヘルシンキを訪問したことがありますが、おしゃれで近代的な都市でした。英語が通じますし、若手研究者が留学するには良いところと思います。