彼らの歌は私のもとに届いた瞬間、私だけの歌になる
「昔の曲のほうが好きなんだよね」
アーティストのファンを長くやっていると、そう思うこともある。
私にとっての[ALEXANDROS]がそうだった。
高校生の時、ちょうど[Champagne]から[Alexandros]に名前が変わるころ、彼らの音楽に出会った。
高速の英語歌詞と、かっこいいギターサウンドと、強気な言葉。
魅力的だと思った。それこそが「ドロスらしさ」であり、そんな彼らが好きだと思った。
以来、彼らは私にとって一番好きなバンド。
しかし、最近リリースする曲に関しては若干の違和感を覚えていた。
なんか丸くなったというか、らしさを失ったというか。
古参ぶってるとか、そういうことじゃなくて。
「ドロスも好きだけどやっぱり私はシャンペ時代の曲のほうが好きかな」となんとなく思っているのも事実。
そんな考えが覆されたのが、今回のSleepless in Japan Tour。
2019年3月13日の横浜アリーナ公演のこと。
背中を押すのではなく、蹴っ飛ばしてくれる彼らの音楽が好きだ
[Champagne]の頃の曲のほうが好き、と思った理由のひとつは彼らの「強気な言葉」にある。
もちろん改名後にリリースした歌も、強気なことに一切の揺らぎはないと思う。
それでも、特に改名前の彼らの歌に、私は背中を蹴り飛ばされるような強さを感じていた。
例えば、今回のライブの中で「久しぶりの曲やってもいいですかー!!」と言って始まった、Kill Me If You Can。その歌の中にこんな歌詞がある。
“You're the only one to save yourself when you are drowning under sea. No one’s gonna be a hero diving into disaster you hold on.”
どんなにつらくても誰も助けてくれない、自分を助けられるのは自分だけだ。だから甘えるな、「殺れるもんなら殺ってみろ」という覚悟で進むんだ、と。
この歌はきっと彼らの歌で、彼らはそんな覚悟を持って、目標に掲げる「世界一」に向けて歩み続けてきたのではないだろうか。
無責任に励ましたり、背中を押したりはしない。彼らは彼らの歌を歌う。
ポジティブを押し付けない言葉が心地よい。
時には“What I want is what I’ll get.”と眩しいほどの自信に満ちた言葉で、
そして時には“Nobody’s gonna bring you up, nobody’s gonna back you up.”と戒めるような言葉で、私の背中を蹴っ飛ばす。
一見厳しく聴こえても、その言葉の裏側には、彼らの感じてきた悔しさや葛藤のようなものも見え隠れする。それでもなお、強い言葉を吐く。
きっと、これが私が感じていた[Champagne]らしさで、そんな姿にずっと憧れてきた。強い言葉に支えられてきた。
今回のライブでも変わらず、彼らは私の背中を存分に蹴っ飛ばした。
彼らの歌、「君」の歌
しかし今回私は、それだけではない彼らの新たな一面を見た気がした。
それは、寄り添う、ということ。
Your Songという歌がある。
ある人によって書かれた「とある歌」が、誰かのものに届くことで「君の歌」となり、「君」のそばでずっと鳴り続ける、という歌詞。
「無責任な励ましは嫌いだけど」と言いながらも、「世界中の誰もが敵でも僕は味方さ」とストレートな言葉で励ます。
いつも背中を蹴飛ばす彼らが、この歌ではそばに寄り添ってくれた気がした。
彼ら自身を歌う歌ではなく、「君」に歌う歌。
ある意味、らしくないのかもしれない。
「川上洋平という人が書いた歌も、[ALEXANDROS]というバンドが歌う歌も、君のもとに届いたら君の歌」
思えば、これまで彼らは歌うことで聴き手にメッセージを届けることはあまりしてこなかったように思う。
彼らは彼らの歌を歌い、私はそれを受け取り私なりに解釈してきた。
そうしてきたことを、この歌が肯定してくれたような気がした。
これまでの歌も、これからの歌も、私のもとに届いたら私の歌になる。
時には背中を蹴飛ばしながら、時には優しく寄り添いながら、私のそばで鳴ってくれる。
Your Songには、[ALEXANDROS]が歌うすべての歌に新たな輝きを与えてくれるような力があると思った。
[Champagne]時代のようながむしゃらな強さだけではない、
聴き手に寄り添うやさしさも感じさせてくれる音楽。
彼らの歌が聴き手に届いて、「君」の歌になることで、強さとやさしさの輪を広げていく。
彼らのための歌から、彼らと彼らが愛するファンのための歌へ。
たぶん、これが今の[ALEXANDROS]の魅力なのだろう。
変わらないものはないし、彼らもきっと変わっていく。
追いかけ続けていかないと、変化に置いて行かれる。
それでもなお、これからも、これまでと変わらず、彼らの歌を、私の歌として聴き続けたい。
彼らの変わらない核も、柔軟な変化も全部まとめて愛していきたい。
「世界一」になるその日まで、私は彼らについていきたいと、改めて思わされた。
さて、ここまでは「私の歌」の話。「君の歌」はどんな歌?
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