自虐を活かせる老人の言語力
これ程日本的な不思議な表現が他にあるだろうか。
この感覚は今どきの人たちに果たして分かるだろうか。
これは英語で表現するとどうなるのだろうか。
遠い昔の子供の頃、何かのテレビドラマの中でこんなシーンがあった。
二人の男が何やら不穏な空気を漂わせている。
怒りに満ちた片方の男が目を剥いて「絶対にお前を許さんからなあ」と
怒鳴って、相手の男の胸ぐらを握っている。
相手の男は口を真一文字に閉じて、怒りの男の両の腕を
がっしりと掴んで抵抗している。
今にも殴り合いになろうという時だった。
通りがかりの杖をついた小柄なお爺さんが、ニコニコと近寄り、
二人の肩に手をおいて、それぞれの顔を見上げてから、
怒りに燃えている男に穏やかに
「なあ、この老人のハゲ頭に免じて、許してやってくれんか」と
光頭をペンペンとおどけるように叩きながら言った。
すると、固まっていた二人の腕の力が解けて離れて、
怒りの男は「二度とするなよ」といって足早に立ち去った。
殴られる寸前だった男はうなだれて、お爺さんに軽く会釈して
ゆっくりとその場を離れていった。
お爺さんはニコニコと頷きながら男たちの後ろ姿を見やった。
なんて性根の座ったお爺さんだろうか、僧侶か元先生か、
猛獣使いか、いや、きっと若い頃は任侠の世界で
立ち回ってきた御仁にちがいない。
今、その老人と同じような歳になって、
こんな見事な喧嘩の仲裁ができるだろうか。
そんな度胸はかけらも無い。
それにハゲているとはいえ、頭のてっぺんだけで、
周囲には、かろうじてごま塩の髪が残っている。
はて、「このハゲ頭に免じて許してやってくれ」とは
どういう意味なのだろうか。
日本人には、代々温め大事に発酵させてきた人と人との
対立を鎮める豊かな知恵が沢山あるということだろう。