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予定調和だった昌運

イパネマ海岸に程近い所にレストランバーがある。
アントニオ・カルロス・ジョビンの名曲に
「イパネマの娘」があり、そのままの名前の
レストランだった。
この曲の楽譜があちこちに飾られて、
落ち着いた内装で心地いい。
ジョビンが足繁く通った頃は「ヴェローゾ」という店名だった。
 
ジョビンは窓際の席で共作者のヴィニシウス・ジ・モライスと
一緒にイパネマ海岸に向かう溌剌としたビキニ姿のお嬢さんを
眺めて憧れ、翻って自分たち中年男の虚無感を歌にした。
これが世界的な大ヒットになった。
・・・・・・・・・・・・・拙著「光のパシスタ」からの抜粋
 
新聞によると「イパネマの娘」を歌ってボサノバの女王となった
アストラッド・ジルベルトさんが83歳で亡くなったという。
平淡で素人っぽく、ちょっと投げやりな歌い方が、
さりげないボサノバのリズムには上手く乗った。
 
アメリカでこの曲のレコーディングの時、プロデューサーは
一計を案じた。
本来は夫のジョアン・ジルベルトがポルトガル語で
全編歌う筈だったが、同行していた奥さんのアストラッドが
英語で歌えるというので、ついでに録音しておいた。
レコードの編集で奥さんの方をメインボーカルにして
完成させたところ、目論み通りアメリカ人の心を捉えた。

夫のジョアンからしたら圧倒的な歌唱力がありながら、
メインから外された悔しさは尋常ではなかったに違いない。
夫婦の間に亀裂が入ってしまって離婚という悲劇に見舞われ、
夫はトボトボとブラジルに帰った。
アストラッドは、アメリカの音楽業界で
どんどん高みに昇っていった。
 
一般的に予定調和というと、想定の中で粛々と決まってゆき
つまらないと批判的な表現だが、哲学者ライプニッツの唱える
予定調和の方は、神の見えざる手によって運命が導かれるといい、
仏教的な縁起の現象のように論じている。

夫の傍らにいて、たまたま歌ったことが切っ掛けで、
大きく昌運したアストラッドも予定調和されていたということか。


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