赤い舌を出すヘビ
北京冬季オリンピックほど話題に事欠かない大会を知らない。
中でもロシアの天才フィギアスケーターのドーピング疑惑の悲劇は
15歳の少女ということもあって気の毒でならない。
スポーツ大会を大国の威信を示すための場だとする国の選手は
戦士であり、背負う物が破格に重く、後にも先にも過酷な運命に踊らされる。
鬼コーチが「リンクは工場、選手は材料よ」と平然と言い放ったという。
カミラ・ワリエワの衣装を見ていると複雑な背景や関係者たちの心理が
垣間見えてくる。
ショートプログラムでは紫色のひらひらしたドレスで登場した。
紫色は高貴な色で、中国の宮殿・紫禁城の名にみられるように
最高位の皇帝以外は使用を禁じられた。
正に国の威信を示す色で、カミラは疑惑の雑音に晒されながらも
見事に滑り切り、最高点をたたき出した。
その後、騒ぎが大きくなる中、2日後決戦のフリープログラムを迎えた。
この時はピッタリと身体に張り付く黒い衣装に
対称性の強い赤い手袋を付けて登場した。
黒は重い義務感や閉塞感を思わせる。
そこに、微かな自己主張を示す赤い手袋が痛々しかった。
そして演技は、周囲の動揺を一身に受けた少女の身体に変調が起きて
当たり前のジャンプを悉く失敗してしまった。
憚ることなく顔を歪めて泣いている。
抱きしめて慰める筈のコーチから叱責の言葉が浴びせられる。
この時、カミラの背中にはなんと赤い舌を出した蛇の頭が見える。
蛇は児童が描く自由画の絵解きで母親の叱責を示す。
この女性コーチがカミラを指導する日常が見えてしまった。