未来の衣服のキーワードはエシカルセンス
白川 静博士の解字によると「服」という字はひざまづいている人を上から押さえつけている様子だという意外な解説があります。
なるほど服従とか征服とかの熟語には確かに「服」が使われています。
また、別の解釈では船の両側に添えた板があり、これから転じて身につけるもの「服」となったというのもあります。
月編の漢字は肉付きといい、身体に関する漢字にはほとんどと言っていいくらい使われていて、服でおおうところとして肌、股、胸、胴、脇、等々があるわけです。
では薬を飲むことを「服用」といい、なぜ「服」という字が使われているのでしょうか。
古代の人々の暮らしを考えると「服」は、強い日差しを避ける、寒さを防ぐとか着飾るためというだけの機能ではなく、命に係るような切実な必要があって着用されてきたはずです。
怪我や病気になると伝承の方法に従って、祈りやまじないとともに植物の薬効を利用しました。
薬草を飲むだけでなく、薬草で染めた布を身にまとい、切実な思いで病の回復を祈っていたことでしょう。
薬を飲むことを更に内服といい、わざわざ区別しているところをみると、「服用」とは薬を飲むことばかりでなく病を治す行為全体を表わしていたのかもしれません。
紀元前3世紀ごろ古代中国の儒教の経典、四書五経の中の医学書に次のことが書かれて います。
「草根木皮は小薬、鍼灸は中薬、飲食衣服は大薬」
薬を飲むより、身体を刺激するより、最も優れた治療方法は正しい飲食と、快適な衣服を着ることとあります。
皮膚はヒトの身体で最大の臓器で、その役割は極めて重要です。
内蔵を納め、外からの刺激を保護し、雑菌の侵入を防ぎ、寒暖の変化に対応して汗をかいたり、皮脂を分泌します。
さらに、外部情報を得るためのセンサーの役割も大きく、気温・湿度から快・不快を感じ取り適切な行動を起します。 そして免疫反応や、精神面にも影響してゆきます。
わずかですが皮膚での呼吸も行われています。火傷で皮膚の三分の一を損傷すると生命の危険があるといわれています。
こう考えると、皮膚に接する衣服の“質”が、心身の健康にどれほどの大きな影響をしているのか認識を深くする必要があります。
“質”の高い繊維素材とは次のような要素が考えられます。
*皮膚の営みを妨げない。
*寒暖変化に対して皮膚表面温度を一定に保つ。
*体内からの汗や皮脂などをしっかりと受けとめる。
*皮膚表面の静電気のバランスを保つ。
*布地から化学物質などの異物が出ない。
*神経を刺激しない柔らかい布地。
草木染はいわば植物の生命力を布地に写し取るものと言われています。
植物は、動物のように動き回ることができないため、その場所で起こる強い陽射しや雨、風、害虫などあらゆる自然現象に対応しなくてはなりません。そのための色々な性能を身につけていて、その性能を薬効として利用しようというのが草木染の原点です。
例えば、男の子には青色、女の子にはピンク色は現代では当たり前の配色習慣ですが、色々な意味があったようです。
青の藍は、抗菌、抗紫外線、排毒の効果あり、ピンクの茜には、浄血、保温、細胞活性の効果があります。
男の子は女の子よりも体質的に弱く、感染し易い、そこで藍染の布地で包み、抗菌、免疫力強化の効果を期待したのでしょう。
女の子は、茜染めの布地で包み、細胞活性を高め、将来の多産を願ったことでしょう。
このようにみてゆくと、現代のような医療のない昔の人々は、自らの身体を守り、家族の身体を守るため身の回りの自然に眼を凝らせ、どのように利用するか工夫していたことが分かります。
染めた布が強い日差しを受けて、色が褪せてきたのを見て自身の身体を守ってくれたと頼もしくも、有り難くも思ったことでしょう。
汗を吸い取り、肌を守って変色した布地には愛おしささえ感じたはずです。
現代のように、変色や、色褪せを品質の欠陥としてマイナスに見ることはなかったでしょう。
草木染の専門家は着る人の体質がアルカリ体質か酸性体質かによって布地は異なる変色の仕方をすると言います。自然の素材の素晴らしさの一端が垣間見えます。
本当に自身の身体と向き合った時、身にまとう布の“質”を思うことは、食べ物の安全や栄養 を考えるのと同じくらいに重要なことなのです。
着ることで、癒されると言う価値がこれからのファッションの一角を成すようになるといいなあと思います。
その一例として無農薬有機栽培の綿素材オーガニックコットンで作られた服があります。
これまでの産業が自然環境の保全を視野に入れずに発展してきてしまったため環境汚染を起こして人々の健康を損ねるようになってきました。
何かの機能的なメリットを求めて生産すると、必ず自然環境にはマイナスに働くようになりました。
ところが、ことオーガニックコットンの生産に関しては珍しくマイナス面がありません。 作れば作るほどプラスになります。
エコロジーの面、人の健康の面、そしてフェアトレードとして貧困地域の
救済の面もあり、どの面から見てもマイナスがありません。
オーガニックコットンはまさにエシカルファッションの素材と云えます。
高度文明に進化した未来社会の想像画を見ると、必ず高層ビルが立ち並び、縦横に透明のチューブ が走りその中を高速車両が移動する。
自動車型の乗り物は空を飛び交う。 そこには植物の姿は描かれていません。人々は薄いウエットスーツのような服を着ています。
そんな未来社会が本当に健康的で心地良いものでしょうか。
人間にとって快適な住空間は植物が繁茂し、清澄な水辺があって、生き物がのびのびと暮らす曲線的な穏やかな空間です。
まさにエシカルな住空間です。
エシカルな住空間が理想的な未来の形とすると、そこで着られる服は、
オーガニックコットン製であり、エシカル要素の高い加工方法で生産された製品です。
こう見てゆくと、未来の最先端ファッションはオーガニック、エシカルファッションであるということができます。