左手の才能
散歩に出掛けようと、靴のヒモを締めていると奥から声が掛かった。
「漂白剤を買ってきてね」
散歩のコースにホームセンターを加えることにして出掛けた。
店内の台所用品の棚の漂白剤を探すとセール価格品が数本並んでいた。
79円とある。
いい男がレジでこんな支払いをするのは沽券に関わると、
他に何か買い物はないかと探した。
スポーツ用品コーナーにローラーリストボールという手首を鍛える
運動用具があった。
筋肉隆々の男が渾身の表情でこのボールを握っているパッケージに釣られ、1200円という値頃感もよく、漂白剤と並べてレジ係に差し出した。
家に帰って早速、説明書の通りボールの回転運動をしてみたが、
一向に正常な動作が起きない。
若い頃から、何事も呑み込みが早く、直ぐに要領を覚えて、
後からついてくる者にコツを教えてきたという自負心があって、
何度やってもできない焦りを覚えた。
これは不良品なのかとか、高額な物もあったので、
安物買いの銭失いを掴んだのかとか、
若い人向けの物に老人が安易に手を出すとこうなる、
というようにどんどん自己嫌悪に陥っていった。
右利きだから右手で回転動作を繰り返したが、一向に上手くゆかない。
右腕は重くなり、軽い痛みも出てきた。
そこであり得ないが、左手でやってみた。
すると、どうしたことか、快適にブンブンと回転し始めた。
右手の感覚の60%位が左手だと単純に考えてきたが、
どうも感じる機能が全然違うようだ。
けだし、右手は論理の左脳に、左手は感性の右脳に繋がっている。
人体の精妙さについて、とんでもない事に気付かされた。