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サイコパスは身近だ
たまたまサイコパス映画を解説しているYouTubeを見た。だけどサイコパスは映画の中ではなく、私の身近にいたのだ。
何の気無しに見たYouTubeで、サイコパス映画のみをレビューしていた。サイコパスって、私の中では普段の生活ではお目にかかれないレアキャラ扱いだった。だけど違うかもしれない。
私は良く他人に「あなたは気が強い」とか「男勝り」だとか「竹を割ったようだ」と比喩されることが多い。そして決まってそう言ってくる人は自分自身のことを「私とは違う」と対比して話を締め括る。
彼女達は捨て台詞のように、その言葉を私に押し付けて姿を消す。私はその度に、心は何も言わずに身体を壊す。
何度も何度も考える。言われた言葉の意味や重さ、真意を。だけど私の心に残る気持ちはいつも「ただただ悲しい」
主人は私を「優しすぎる」と言う。それでは彼女達から見た私と正反対ではないか。どちらが正しいのだろうか。私はサイコパスなのだろうか。
恐らく彼女たちがサイコパスなんだ。私はその結論に辿り着いた。平気でそう言える彼女達はサイコパス。私は責任の取れない思い込みを言ったりできない。相手がそれについて悩んで苦しむのが怖いから。
弱さって何だろう。強さってなんだろう。
語気が荒いから心が強いわけじゃない。泣いているから弱いわけじゃない。
あなたは怖い、強く言うから恐ろしい。それは弱さを受け入れた先に、強い信念を持っているだけ。優しい言葉をかけるだけでは解決しないと知っているだけ。生ぬるいお湯に浸かって、身も心もふやけて、この世に何も残せないのが怖いだけ。
だから私はただ甘さを垂れ流す人間は嫌い。その甘さに浸って、他人を拒絶し、無意識に傷つけるサイコパスは嫌い。