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声の記憶と特別な場所。

1年前、恋人と歩いていて偶然見つけた
名前のない小さなワインバーに行った。

お仕事を退職されたおじさんが一人でされていて、
中に入るとその時のお客さんは私たちだけ。
お店の中には4人くらい座れそうなカウンターと
ソファ席が1つ。
マスターの近くの椅子には
眠そうに目をとろんとさせた
かわいいプードルが座っていた。

マスターは昔の仕事やバブル時代の生活、
旅行のお話にお店の周りの町の昔話まで
色んな事を話してくれた。

そして、
「僕はね、声で人を覚えているんだ」
と言っていた。
「あなたの声は、僕の知り合いによく似ている」
とも言っていた。

お店を後にした私たちは
素敵な空間と時間に心がほこほこなって、
しかし私がワインでべろべろになってしまって
その日からワインには気を付けようと
思うようになったきっかけの日でもあった。

そしてちょうど一年後。
その街に久しぶりに行った私たち。
「あのワインのお店にもう一度行ってみたい!」
という私の提案からお店探しが始まった。
なんせ去年は適当に歩いて見つけたお店だったし
お店を後にしてから2人ともフワフワしていた。
それでも何とか記憶の破片を集め…
なんと!見つけましたそのお店!

嬉しさと少し緊張した心持でお店に入る。
お店に入ると、
なんだかすごく不思議な感覚に包まれた。
去年来た時と何も変わっていない温かい空間。
CDがたくさん置いてあって、
色んなデザインのランプが各所においてあり
暖かな柔らかい光を放っていて、
すらっとしたマスターが出迎えてくれた。
マスターの近くには
あの可愛いプードル犬があの日と同じように
とろんとした目で椅子に座っていた。

初めてですか?という問いかけに、
実は1年前に来たんです、と答える。
去年と同じように、
マスターセレクトのワインと
ナッツを出してくれた。
ワインを飲みながらマスターと楽しくお話をする。
まぁそうだよな、
いつもいろんなお客さんを相手にするから
1年前に1度だけ来た客のことは
流石に覚えていないよな
そう思っていた時、マスターがこう言った。

「僕去年、自分の知り合いに声が似ている
ってあなたに言いませんでした?」

声をきっかけに、
あぁそういえば去年こういう話したね、
2人で来てくれていたね、と
あふれるように思い出してくれた。
声で覚えているのは本当だったんだなと、
なんだかすごく嬉しくて
素敵な出会いだと感じた日だった。

県外のお店なのでなかなか頻繁にはいけない。

また1年後に行って、
去年と一昨年も来たんです、と話して
同じ話を何回かしてから
そういえばと
きっと声でまた思い出してくれるんだろう。

私と恋人にとって
大切な場所になった。

1年後行くときは
もう恋人ではなく家族かな。

その報告をしに、
マスターに会いに行こう。