ご近所付き合いのシンプルすぎる極意
このnoteでは、フリーランスライターの村田保子が、自身の写真・色鉛筆の絵と文章で表現した雑記をアップしています。今回は、昔住んでいた、東京の歴史ある高級住宅街にある、賃貸の古いテラスハウスで、大家さんの背中を見て学んだことを書きます。
昔、文京区の古い住宅街にある築40年オーバーの木造2階建ての賃貸住宅に住んでいた。「テラスハウス(またはタウンハウス)」と呼ばれる連棟式の建物で、4戸の住宅が並んでいる。そのうち2戸は大家さんご夫妻が使っていて、残りの2戸を私たち夫婦ともう一組若いご夫婦が借りて住んでいた。
その家の大家さんは当時80代前半の女性だった。私はこのKさんから、ご近所づきあいとは何かを学んだんだ。
Kさんは、そのお歳にはとても見えない、ものすごくシュッとした方で、文字通りいつも背筋が伸びていて、綺麗に身だしなみを整えている。わりあいに思ったことをズバズバと言うタイプ。一見、きつい印象を与える人かもしれない。でも、私は初めて会ったときから、とてもKさんを好きだと感じ、それは引っ越すまで変わらなかった。
私は田舎育ちで、東京に出てきてからはずっと都会的なマンションで暮らしてきて、ほとんどご近所付き合いを経験したことがなかった。もちろん実家では、親がご近所付き合いをしていたし、地域のコミュニティがどんなものかは知っていたけど、それは親がやっていたことで、私は主体ではなかった。そして、都会のそれとはまた違うものだ。
最初は、大家さんとの距離感の近さに少しとまどった。出かけるときに、玄関先で顔を合わせれば挨拶をして、少し天気の話や世間話をする。私が経験したご近所付き合いとは、簡単に言えばそういうことだが、Kさんは挨拶以外の小話の取り入れ方が絶妙に上手く、自分のペースを決して崩さないのだ。
慣れるまでの間、私はこの小話を義務のように感じ、電車に乗り遅れそうでも付き合って相手に合わせていた。
でも、何回か経験するうちに、Kさんは自分が話したいときは、どんどん話題を膨らませて話すけど、自分が忙しいときは実に素っ気なく、そして華麗に話を終わらせて立ち去っていくことに気づいた。
近所付き合いは毎日のこと。無理しなくていいし、自分の都合で好きなように応じればいい。自分が話したければ話せばいい。時間がなければ相手の話を遮ってもいい。都合が悪ければスルーしてくれるという信頼があるからこそ、私も自分の都合でお付き合いをしていけばいいし、そのほうが相手も楽であると悟った。
お互いが気持ちよく暮らしていくための関係をキープする。気持ちがそこからブレなければ、自分も相手も尊重できる。そんな当たり前のことが、人と人との気持ちのいい距離感をつくることを知ったのだ。
私は現在、築50年オーバーの団地に住んでいる。Kさんから学んだご近所付き合いの距離感は、濃いコミュニティが残る団地にも同じように当てはまっている。本当に気持ちの良いご近所さんに恵まれ、ストレスをまったく感じることなく、団地暮らしを楽しんでいる。
テラスハウスの大家Kさんのことを思い出して描いた絵日記。