女神さまのようなひと
病院を転院しはじめて間もない頃、いつもより病院の外来化学治療が混んでいる日があって、なかなか名前を呼ばれず、化学治療の診察室前で順番が来るのを待っていたときがあった。
その時、私より若いひとりの女性が「今日はずいぶんと待ちますね」と声をかけてきた。
その声に我に返ったわたしは「そうですね」と言葉を返したのがきっかけで言葉をいくつか交わしたのだが、彼女は化学治療をする日はその夜から必ず熱が出るらしく、化学治療のある日だけ入院することになっているということを言っていた。
泊りの準備をしてきた彼女の荷物を見た私が「大変ですね」というと、彼女は荷物の多さを気にするそぶりもなく「全然、だいじょうぶですよ。入院している方が先生も看護師さんもいてくれるし、その方が安心」だし、「実はこれウィッグなんです」と言って、気にするそぶりもなく、髪の毛を触りながら屈託なく笑って言った。
全く外から見たら病気をしている人には見えない、明るく積極的に病気に立ち向かって行こうとしている彼女のパワーに、わたしは突き動かされた。
当時、まだ私がこの病気になったばかりで、病院も転院したところで不安だらけだったのが彼女に伝わったのだろうか…。
彼女は乳がんの治療をしていると言っていたけど、その病気の不安など微塵も見せずに、にこやかに笑って、「ここの病院の先生や看護師さんたちは、みんないい先生が多いから大丈夫!」とガッツポーズをしながら、大らかに私に向かってほほ笑んだ。
その時、名前を呼ばれたので、残念ながらわたしと彼女は「またね」「お大事にね」と言葉を交わして、わたしは席を立った。
診察室を出て、もしまだ彼女がいたら連絡先を交換したいとふと思ったのだが、診察室を出ると彼女が座っていた席は他の人が座っていて、もう彼女の姿はどこにもなかった。
あの日、声をかけてくれて、わたしに勇気を与えてくれた女神さまのような女性(ひと)。
ひとを明るく強い気持ちにさせてくれるパワーの持ち主。
彼女は美しい人だった。
その後、また外来の化学治療の日に彼女に偶然に会えるのではないかと、心のどこかで思いながら通院をしている。
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