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【短編】シャーブルックの森①〜木彫り人形の想い〜
<登場人物>
私(ナキア)
風(カイル)
木彫りの人形
(アーティスト)
今日もまた、いつものようにカメラを持ってシャーブルックの森に出かけた。最近は自分の心の投影というより、森の皆んなと会ってお喋りすることが楽しみとなっている。
「最近声を出さずに会話することに慣れてきたみたいだね。」
「そうね。声を発せなくても大分自然の声が聞こえてくるようになってきたわ。もちろん、森から出て君と別れると、何も聞こえなくなっちゃうんだけどね。」
「うん…」
「あ、君も私がつけた『カイル』っていう名前に慣れてきたんじゃない?」
「うん…まあ…。」
私がカイルに出逢ったのは半年前。
晩冬の朝にスノードロップを撮ろうとした時にカイルが声をかけてきた。
カイルは、私が森に入るとスッと私の側に来る。僅かに私の髪の毛がなびくからすぐにわかる。目に見えない何かに包まれている感覚がとても心地よくて過去にいつも纏っていた不安な気持ちは不思議と消えていた。今日も少し胸を躍らせながら森の中を歩いていると誰かが倒れているのが見えた。
「誰かしら?」
「泣いてるみたいだね。」
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すぐに駆け寄って声をかけてみた。
「どうしたの?大丈夫?
もし良かったら、何があったのか話を聞くけど…」
木彫りの人形はヒクヒク泣き続けながらようやく応えてくれた。
「ありがとう。まずは僕を仰向けにしてくれるかい?」
「わかったわ。」
肩を持って仰向けにしてあげようと試みたが、見た目より重い。
「カイル手伝ってくれる?」
「わかった。」
仰向けにする方向に肩を思いっきり吹いてくれた。
![](https://assets.st-note.com/img/1700969743248-iAtzW2KXYm.jpg?width=1200)
「ふぁ〜。ありがとう。少し楽になったよ。」
「良かった。」
「君は人間かい?何で僕の言葉が聞こえるんだ?」
「そう、人間よ。風のカイルとお友達だから言葉がわかるの。
私の名前はナキア。あなたの名前は?」
「多分『You』だよ。僕を作ってくれた人がいつも僕をそう呼んでた。」
「そっか…で、どうして泣いてたの?」
「捨てられたからさ。」
「えっ…?」
「僕を作ってくれた人は、片手足がなくて、普段は車椅子に座っているんだ。ひとりで上手に食事もできないからな、とても細くてガリガリで。友達も家族もいなくて、もちろん恋人なんて無理って感じで、人間との接触を諦めているんだ。それで、自分に似た人形を木で作り始めたんだよ。それが僕さ。」
「そうだったのね。」
「最初は、少しずつ自分に似てくる僕を見て嬉しそうだった。来る日も来る日も僕の顔を見て『Youは不細工だな』って笑ってさ、『なんだか、兄弟ができたみたいだ』なんて言ってくれたこともあって、人形の僕も嬉しい気持ちになったんだ。僕も作ってくれた感謝の気持ちを伝えたかったけど、僕の言葉は人間のあの人には通じなくて…とてももどかしかった。」
「良い話ね。涙出てきちゃったわ。」
「ナキアは泣き虫だな。すぐ泣くんだから。」
「うるさいぞ、カイル。
でも、それが何故、捨てられることに?」
「うん、僕の体には沢山の筋というか溝があるだろ?作ってくれた人の心の痛みなんだ。」
「そう言われたの?」
「言われてはないけど、伝わってきた。あの人は、いつも怒りと悲しみでやるせない顔をしながら、筋を彫っていた。筋は、あの人の心の傷、痛みなんだよ。そうやって、行き場のない気持ちを僕に刻みつけて何とか自分の中で昇華しようとしてたんだと思う。」
「君も辛かったんじゃない?」
「僕はあの人と一心同体だと思っていたし、そうすることであの人の心が少しでも癒されるのであればそれは本望だと思っていたから。」
「優しいね。それがどうしてこんなことに?」
「ある日、あの人は僕の体に作った筋を一つ一つ見つめながら、ゆっくり指でなぞってきたんだ。そして急に裸になって僕を抱きしめたんだよ。暫くの間、愛を確かめ合うように優しい時間を過ごしていたんだ。それがいきなり大声で泣き出して、片方の足で僕を床に叩きつけるように蹴飛ばしたんだ。その日はもう、あの人は泣きじゃくって手に負えない状態だった。
その翌朝だよ。あの人は魂が抜けたように無表情になって、それでも不自由な体を必死に動かして僕をここに連れてきて置き去りにしたんだ。」
私は嗚咽が止まらなかった。
「ねえ、君はあの人と同じ人間だよね。あの人がどうしているのか様子を見てきてくれないか?」
「私がそんなことして良いのかな?」
「本当なら僕が行きたいさ。でも僕は人形で身動き取れないし、行ったところで声もかけてあげられないし。君なら、何かあれば話せるだろう?」
「君を戻してあげて、と頼むことはできないかもしれないよ。」
「僕はそんなことを言ってるんじゃないよ。あの人が心配なだけだ。捨てられたことも悲しいけど、あの人は無事なのかと胸騒ぎが止まないんだ。
お願いだよ。あの人が無事かどうか、それだけでいいんだ、見てきてくれないかな?」
「わかったわ。」
翌日、森周辺の住人達に手足の不自由なアーティストが近くに住んでいないか聞き回った。
私が予期していたことが現実となっていた。
彼はもうこの世を去った後だった。
あの人形を森に連れてきたのは、捨てるためではない。
元の場所に返すためだったのだろう。
人形が他の木々達と一緒に過ごせるように。
自分そっくりの人形への最後の思いやりだったのだと私は思う。
「ナキア、僕にはわからない。
どうしてあのアーティストは自分を壊さなきゃいけなかったのか?」
「それは…体が不自由で、普通の社会生活が送れなかったわけだし、見かけが違う、他の人が普通にできることをできないが為に、人間社会の中で嫌な経験も沢山してきたんじゃないかな?そうしているうちに閉ざしてしまって、孤独で自分自身を憎んで恨んでいたのかもしれないね。あの人形は、自分自身を愛そうと思って自分に似せて作ったのかなって思う。」
「自分を愛そうとして?」
「うん、もし孤独で何か寄り添う物が欲しかったら、女性の人形を作ったと思うのよね。」
「なるほど…」
「残念なことに、人形を好きになればなるほど、人間とはそうなれない自分に益々嫌気が差すし、人形を見ていると赤裸々な自分と対面するような…やり切れない思いが付きまとったんじゃないかな。」
「複雑だな。
自分を愛そうと思って作ったのに、裏目に出てしまったってことか。」
「いや、あくまでも私の想像よ。」
「人間の君が言うなら、ある程度は当たっているような気がする。
人間は、皆と同じでなきゃ生きていくことができないんだな?
ありのままの生を受け入れて生きていくことは無理ってことだよな?
僕には理解ができないけど…」
「まあ、そうね…」
これ以上、究極の一匹狼、風のカイルと話をしても埒が明かないと思い、話題を変えながら森の出口に向かった。
<了>
拙いストーリーを最後までお読み下さりありがとうございました。
『シャーブルックの森』は一編ごとの読み切り短編ストーリーとなっています。不定期に更新していく予定ですので、
こちらはフリー台本となっていますので、音声配信アプリなどで配信されたい方は、以下の注意事項をお読み頂けたら嬉しいです。