ままあるオスカーの部門詐称案件について
今年のオスカー、主演男優賞はエイドリアン・ブロディとティモシー・シャラメの対決になるのかな、と現時点では感じているのですが、この二人、現時点で受賞最年少記録を持つブロディに、それを塗り替えようとするシャラメが挑む構図になっております。それを聞いて思い出さずにいられないのは、現記録保持者ブロディが受賞した時のこと。正直当日まで、彼が受賞すると想定した人はごくわずかでした。と言うのも、その年にはあの名優、ダニエル・デイ=ルイスがノミネートされていたからです。
ダニエル・デイ=ルイスに関しては、かなり偏った評価をする傾向にある私ではありますが、あの年2002年度のオスカーは、ほとんどの人が彼の受賞を疑いませんでした。それは彼が『ギャング・オブ・ニューヨーク』のビル・ザ・ブッチャーと言う強烈な狂人を演技とは思えない迫力で演じ、本来脇役なのに主役レオナルド・ディカプリオを完全に食ってしまっていたために、配給会社ミラマックスに主演賞候補にされてしまったことにあります。DDLは、ほとんどの作品で主役しかやらない俳優なのですが、『ギャング・オブ・ニューヨーク』は靴職人弟子入り休業明けの作品で、『エイジ・オブ・イノセンス』で意気投合したマーティン・スコセッシからのたっての願いで出演を決めた事もあり、ビリング二番手に甘んじた珍しいケースでした。ちなみに私は、この『ギャング・オブ・ニューヨーク』の撮影をローマのチネチッタ撮影所に見学に行き、27歳にしてダニエル・デイ=ルイスに会うという夢のような経験をしているのですが、その時初めて、胸が詰まりすぎて呼吸困難になる体験をしました。
今ほどインターネットも発達していない時代、授賞式が中継されることもなかったので、前哨戦の影響はまだまだ小さいものでしたが、それでもその年の前哨戦はほとんどDDLが総なめ状況で、オスカー当日を迎えることになりました。ただ私は、どう考えても脇役のビル・ザ・ブッチャーが主役としてノミネートされていることに納得が行かず、そのせいでノミネーションを逃したレオも不憫でならず、DDLを推しながらもモヤモヤした気持ちで授賞式を見守っている中、その夜最大のサプライズ、『戦場のピアニスト』でのエイドリアン・ブロディの受賞が起こったのです。ブロディは感激のあまり、プレゼンターのハル・ベリーの唇にキスをし、私はハル・ベリーに対しとても気の毒に思いました。その後エイドリアン・ブロディは、受賞を追い風に大スターになったわけでもなく、それなりのキャリアを積んで22年後、今年またオスカーの舞台に戻って来ました。
ブロディとシャラメの対決がどうなるか、最年少が塗り替えられるかはさておき、私が2002年のオスカーで感じた違和感と同じものを感じる作品が今年またあります。それは、エミリア・ペレスでゾーイ・サルダナが助演女優賞にノミネートされていることです。エミリア・ペレスのゾーイ・サルダナはどう見ても主役です。ビリングも筆頭です。演技も歌も、一番大きな役割を担っているのは彼女で、おそらくスクリーンタイムも彼女が一番多いでしょう。それなのになぜ助演なのか。彼女は助演女優賞最有力と言われていますが、主演の働きをして助演にノミネートされれば、他の人よりも優遇されて当然です。これはまさに、2002年のDDLの逆バージョンであり、部門詐称に当たるのではないかと私は思います。ついでに言うと、リアル・ペインのキアラン・カルキンもそれに近いものがあるのですが、こちらはまだ、ジェシー・アイゼンバーグとのダブル主演と言う意味合いが強い作品なので、まあギリギリありかなと思う次第です。
と言うようなことを考えつつ、エミリア・ペレスのサルダナも、リアル・ペインのカルキンも私はとても好きなので、このまま二人の勢いが失われず、部門詐称のバックラッシュも起こらず、受賞まで突っ走ってくれたらいいなと思います。