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リーダーなんて向いていないと思っていた俺が、ストレングスファインダーでなんとかなった件・1

この物語はフィクションです。実在の人物や団体、及び同じ傾向を持つ人物などとは関係ありません。

朝の会議室には重たい空気が漂っていた。ホワイトボードには「みんなで意見を出そう」と書かれた文字があるものの、社員たちの口は重く、気まずそうに視線を交わしている。

今年から部長となったタクヤは、一応会議の進行役だ。しかし、いつもの調子で「みんなで意見を出そう」という雰囲気づくりだけをしても、出てくるのは曖昧な意見や沈黙ばかり。

そこへ、ケンジが苛立った様子で声を上げた。

「タクヤ、これさ、やる意味あんの? 毎度毎度、『みんなで意見出しましょう』って言ってるだけじゃん。正直、時間の無駄にしか思えねえけど」

元々同期だったこともあり、職位が変わった相手にも遠慮のないケンジの言葉に、タクヤは一瞬たじろぎながらも、表面上は冷静を装う。

「いや、ケンジ、その……みんなの意見をまとめるのも大事だろ。大声でひとりがバーッと話すだけじゃ、他の人が口を挟めないし、全体像が見えてこないって思うんだよ」

「それで? 結局、誰も何も提案しないで終わったら、俺たち何にも進まないじゃねえか。気づいてると思うけど、さっきから誰もしゃべってねえぞ? こういうの、ただの自己満足だろ」

タクヤは言葉に詰まる。「ぐうの音も出ない」とはこのことか、と内心思いつつ、何とか体裁を取り繕う。

「……まあ、確かにそうだな。ごめん、もう少し俺も具体的にリードしてみる。じゃあ、まずはみんなの抱えている問題点や懸念を箇条書きしてみないか? そこから方向性を探っていければ……」

硬直した空気の中、タクヤは自分の声が震えているのを感じる。周囲も気まずそうな表情を浮かべていたが、誰ひとり口を開こうとしない。タクヤは、「だからリーダーは苦手なんだよ……」と頭を抱えていた。

* * *

昼休みになっても、タクヤはデスクの片隅でため息をついていた。そこに、ディレクション業務を担うアカリが声をかける。

「ナベタクさん、少しお時間いいですか?お客さんのことで相談がありまして……」

タクヤは、無理に笑顔をつくりながらうなずく。

「もちろん。どうした?」

アカリは相手のつくり笑顔に一瞬ひるみつつも、「えっと」と口を開く。

「先週のプロジェクトなんですけど……、お客さんが『もっと柔軟に対応してほしい』って言うわりに、細かい条件をどんどん追加してくるんですよ。結局こちらも対応が追いつかなくて……、正直、どうしていいのか本当に分からなくて……」

タクヤはアカリの話を聞きながら、会議で感じた自らの無力さを思い出していた。

「そっか、確かに、それはしんどいよな……。先方は、どんな条件を言ってくるんだ?」

アカリは少し焦りながらも、細かい事例を挙げて説明する。タクヤはそれを一つひとつ整理しながら、落ち着いた口調でまとめる。

「まずは、相手が言ってきた変更点を全部リストにしてみるのはどうかな? こっちはどこまで対応できるのかを明確にして、それを資料にまとめて見せる。そうすれば、ただ言われるがままにならないで済むだろ?」

アカリは目を輝かせてうなずいた。

「なるほど、そうですね……うん、やってみます!ありがとうございます、見通しが立ちました。いつも私の話を聞いてくれて、本当に助かってます」

タクヤは照れくさそうに肩をすくめる。

「いやいや……俺なんて、ただ聞いてるだけだよ。会議でも結局、誰も意見を言わないし、ケンジに突っ込まれるし……正直、部長になったばかりで全然うまくやれてる気がしないんだよな」

「ナベタクさんも大変ですよね。ケンジさんの勢い、いつもすごいですもん。でも、ナベタクさんみたいに話をちゃんと聞いてくれる上司って、私にはありがたいですよ」

「そう言ってくれるの、お前だけだよ……結局、何もできてないしさ」

タクヤが自分を責め続ける姿を見て、アカリは少し迷って続ける。

「……ところで私、ストレングスファインダーって自己分析ツールにハマってるんです。知ってます?」

タクヤは唐突に出てきた「ストレングスファインダー」という響きに戸惑い、少し身構える。

「ん? 名前くらいは聞いたことあるけど、あれって、なんか宗教っぽいと言うか……正直、ちょっと怪しくないか?」

アカリは「ですよねー」と笑う。

「よく言われます。でも全然怪しくないですよ……って言ったら、逆に怪しいか」

タクヤは怪訝な顔で、何かを思い出すかのように話すアカリを眺める。

「私、ずっとできない自分を責めてた時期があったんです。どうしても相手の顔色を伺ってしまって、自分が悪かったんじゃないかとぐるぐる考えちゃって。友だちに相談しても『気にしなきゃいいのに』って言われるんですよね。それができれば苦労しないのに、やっぱり私が悪いんだ……って思ってました」

タクヤは「あるある」と思いながら、アカリの話の続きを待った。

「で、友だちと無料でできる診断とかやってみたんですよね。でも『アカリらしい〜!』って言われて、それで終わりでした。結局、私って苦労するだけなんだって思っちゃって。いろんな自己分析ツールを試す中で、ストレングスファインダーに出会ったんですよね」

ちょっと高かったですけど、と困ったように笑うアカリに、タクヤは「この子、いつまで話す気なんだ……」と心の中で思ったが、余計な口出しはせず待つことにした。

「あ、時間取っちゃってゴメンナサイ。それで、ナベタクさんにも受けてもらいたくて。自分がどんな強みを持っているのかが分かるから、仕事にも活かせるっていう……。もちろん、ただテスト受けただけで全部わかるわけじゃないし、私も勉強中なんですけど、私にはすごく役立ったんです!だから、ナベタクさんとも結果を話し合えたらいいなと思って!会社の人とやってみたかったんです!」

まだ半信半疑のタクヤだったが、一気に話すアカリの勢いに押されてしまう。

「わかった、わかったよ、そこまで言うなら俺も試してみる。そういうの、あんまり当てにしてないけど……」

アカリは目を輝かせるように笑顔を見せる。

「ナベタクさんならそう言ってくれると思いました!ありがとうございます!本を買えば受けられるようになるので、まずは診断してみてください!」

タクヤは心の中で「ああ、俺ってやっぱり押しに弱いよな……」とつぶやき、「じゃあ帰りにでも探してみるよ」と返事をし、その場を後にした。

* * *

仕事帰り、タクヤは駅前の書店に立ち寄る。自己啓発書のコーナーには、想像以上にたくさんの本が平積みになっていた。

「こんなに種類があるのか……」

成長をしながら今のままでいいという矛盾したメッセージの山にめまいを覚えながらも、「ベストセラー!」とポップのある本を手に取って、そそくさとセルフレジで会計を済ませる。

その夜、タクヤは本の巻末にある袋とじを開き、オンラインで診断を受けてみることにした。パソコン画面には、いくつもの質問が次々と表示される。微妙な日本語翻訳に辟易しながらひとつひとつ正直に答えていくが、「本当にこれでいいのか?」という気持ちも拭えない。

やがて、診断結果が表示された。

「親密性、調和性、公平性、責任感、最上志向……?」

タクヤはそれらの説明を読み流し、「うーん……別に意外なことは書いてないな。当たり前っちゃ当たり前だろ……」と肩をすくめる。

「こりゃ、アカリに見せたら喜ぶかな……でも正直、これで自分が変わる気はしないんだけど」

そうつぶやきながら、本をパラパラとめくる。彼の頭には、明日の会議やケンジとのやり取り、アカリへの返事などがぐるぐる巡っていた。

* * *

翌日、タクヤは出社すると同時にアカリのデスクへと向かった。

「おう、おはよ」

「おはようございます、ナベタクさん。……もしかして、もう診断してくれたんですか!?」

アカリは期待に満ちた表情で声をかける。タクヤは軽くため息をつきながら、本と診断結果をテーブルに置いた。

「やるって言っただろ。ほら、一応5つの強みとか出たけど、どれも当たり前っちゃ当たり前で……正直、これで何がわかるのかピンと来ないんだよな。」

アカリは興味津々で結果に目を通し、「なるほど、これがナベタクさんのトップ5なんですね!」と声を弾ませる。

「私も〈調和性〉が2位にあるんですよ!1位から〈学習欲〉、〈調和性〉〈共感性〉、〈最上志向〉、〈運命思考〉なんです。そっか、ナベタクさんは〈親密性〉と〈公平性〉と〈責任感〉……そこに〈最上志向〉!……ああ、なるほど……」

いつになくハイテンションなアカリの様子に、タクヤは少し引き気味だ。そんな彼をよそに、アカリは「私もまだ勉強中ですけど」と前置きして資質の特徴を説明する。

「〈調和性〉って、他の人の意見を大事にするんですって。で、〈公平性〉も一緒に持ってる人は、関係者全員の意見を取り入れようとするみたいです。会議で『みんなの意見を出そう』って言うのも、ある意味ナベタクさんらしいですね」

タクヤは驚いたように小さく頷く。

「へえ……確かに俺は、人の話を聞くのは嫌いじゃないな。ケンジにガンガン押されて反論できないのも、そういう性格だからか……」

アカリは自分の経験を思い出すように語る。

「私も最初は『ふーん』って感じだったんです。でも、何度か読み返したり人に話したりするうちに、『ああ、こういうところが私の良さなんだ』って思えてきたんですよ。もしよかったら、プロに相談してみませんか? 私、いいコーチ知ってるんですよ!」

タクヤは「いやもうそれ宗教だろ」とツッコみたかったが、アカリの「こういうのってタイミングが大事ですから!」という勢いに押され気味になる。そして「ナベタクさんとストレングスファインダーの話ができたら、すごく楽しいと思うんです」という言葉に、渋々了承した。

「わかった、わかった。そんなにオススメなら、一回そのプロとやらに相談してみるよ」

「言いましたね! あ、ちなみに高いですよ!」

いたずらっぽい笑みを浮かべるアカリに、タクヤは思わず苦笑いしながらツッコみをいれる。

「マジかよ……勘弁してくれよ」

* * *

数日後、タクヤはアカリに紹介されたストレングスコーチとのオンラインサービスを予約し、自宅のパソコンの前でそわそわと待っていた。

コーチングについて何も知らないタクヤにとって、得体の知れない相手と1対1で話すのは緊張しかない。もしアカリに押されていなければ、一生縁のない世界だっただろう。

やがて、画面に映ったコーチは優しげに微笑み、穏やかな声で話しかけてきた。

「はじめまして。ストレングスコーチのコスギです。渡辺さん……とお呼びしてよろしいですか?」

「え? あ、はい。渡辺です。よろしくお願いします」

「コーチングは初めてと伺いましたし、初対面だと緊張しますよね」

その言葉に、タクヤは「自分だけじゃないんだな」と思い、不安が少しだけ和らいだ。

コーチはコーチングについて簡単に説明し、秘密厳守で外部に情報を共有しないことを念押しする。とはいえ、初めてだらけのタクヤの肩の力は抜けない。そんな様子を問題視する様子もなく、コーチは続けた。

「では改めまして。渡辺さん、申し込み時にも入力していただきましたが、今日はどんなテーマをお話ししたいですか?」

「ええと……今年から部長になったんですが、正直、リーダーに向いてない気がして……。会議がうまく進まなくて、どうしたらいいのか相談できればと思って申し込みました」

いくらか緊張が解けたとはいえ、まだ自分でも何を言っているのかわからないタクヤ。そんな様子を温かく見守りつつ、コーチはうなずく。

「会議がうまく進まない……。リーダーに向いていないと感じながらも、会議をうまく進めたいんですね」

「そう、そうなんです。」

タクヤはコーチが言葉を繰り返しただけなのに、妙な安心感を覚える。そうだ、自分は「会議をうまく進めたい」のだ。

「では、今日は『会議をうまく進める』ことをテーマにしましょうか?」

「はい、そうします」

「今日の時間を使って、どんなことが手に入れば『これなら会議をうまく進められそうだ』と思えそうですか?」

タクヤは「それが知りたいのに」と思いつつ、少し考えてみる。当初の目的を思い出しながら、言葉を整理して答えた。

「うーん……どんなこと……。正直、自分が何に悩んでいるかもハッキリ分かっていなくて。このストレングスファインダーの結果から、何かヒントを得られたらと思っています」

「わかりました。では、ストレングスファインダーの結果を見ながら考えてみましょうか」

「解説してもらえるんだな」とタクヤが安心しかけたそのとき、コーチはまた質問を投げかけてきた。

「まず、ストレングスファインダーを受けてみて、率直にどう感じました?」

タクヤは少し身を正し、正直な思いを口にする。

「正直、当たり前のことばかりだと思いました。『人の話をよく聞く』とか……自分じゃあまり価値があるとは思えなくて」

コーチはうなずきながら、さらに問いを続ける。

「渡辺さんにとって、当たり前に感じるんですね。人の話を聞いているときは、どんな気持ちになるんですか?」

タクヤは考え込むように視線を落とし、ゆっくりと答える。

「うーん……誰かが困ってるときに話を聞くのは、わりと好き、というか……。相手が『助かった』って言ってくれたら、『俺も役に立ったんだな』って思いますね」

コーチは微笑み、さらに優しく問いかける。

「誰かが『助かった』と言ってくれると、『役に立った』と思えるんですね。話を聞く相手は誰でもいいんでしょうか?」

「え? いや……」

タクヤは一瞬言葉に詰まるが、意を決して本音を漏らす。

「正直、知らない人の話はどうでもいいっていうか……。家族や部下の話なら聞いておきたいと思うんですけど、全然知らない人に『助かった』って言われても、ピンと来ないんです。仕事ならちゃんと話を聞くのが当たり前ですし……」

「家族や部下の話を聞くのは大事にしたいんですね。これまでに『助かった』と言ってもらった具体的なエピソードってありますか?」

タクヤは、アカリとのやりとりを話していった。そういえば、彼女以外にも同僚の話を聞いていたなと思い出しながら。

「部下さんの相談にのっていたんですね。そのとき渡辺さんは、自分のどんな強みを使っていたと思いますか?」

タクヤは少し困ったような表情を浮かべる。

「強みなのか、よくわからないですけど……みんなの意見をできるだけ公平に受け止めたいと思ってるんです。でも、それが会議だとうまくいかなくて……主張が強い人がいると、そっちに押されて何も言えなくなるんですよ」

コーチは画面に表示したタクヤの結果を指し示した。

「『公平に』という気持ち、まさに〈公平性〉の強みですね。『受け止めようとしている』のは〈調和性〉かもしれませんし、〈親密性〉は仲間と苦楽を共にして活動したい思いが強いので、渡辺さんは『チーム一丸となって進めたい』と思っているのかもしれませんね」

タクヤは、自分のモヤモヤが突然言語化されたような衝撃を受け、思わず「そう!」と声を上げる。

「同期のケンジってやつがいて、今は部下なんですけど、別に悪いヤツじゃないんですよ。ただ勢いがありすぎて、もっとみんなに寄り添ってくれればいいのに……って思うんですよね。でも俺もみんなに意見を出してほしいし、もうちょっと上手くやれたらなあって……」

タクヤが独り言のように話し続け、ひと息ついたところを見計らって、コーチは穏やかに尋ねる。

「……ここまで話してみて、何か気づいたことはありましたか?」

タクヤは天井を仰ぎ、少し照れくさそうに笑う。

「いやー……全員みんなの意見を聞かないと前に進めないと思い込んでました。それじゃあ、会議が進むわけないですよね」

「渡辺さん、先ほどから、かなり『みんな』という言葉を使っているんですよね。全員の意見を大切にしたいのは〈公平性〉の特徴でもあります。もしこの強みを会議で活かすとしたら、どんな工夫ができそうでしょう?」

タクヤは考え込みながらも、自然と口が開く。

「たとえば、ケンジの意見を否定するんじゃなくて、他のメンバーにも平等に発言の機会を作っていく……とか。あとは、事前に意見を書き出して共有する方法とか……」

コーチはうれしそうにうなずく。

「平等に発言の機会を作るのは、まさに渡辺さんらしい強みの生かし方ですね。事前に意見を書き出してもらうのも良いアイディアです。この2つ、どちらが取り入れやすそうですか?」

タクヤは「個別に尋ねるのはちょっと手間だな」と考えながら口を開く。

「事前に書き出してもらうのが、スムーズかもしれません。全員の意見をまとめて読めば、場も落ち着きそうですし」

コーチは「いいですね、応援していますよ」と笑顔で返し、続けた。

「最初に『どんなことが手に入ったら会議をうまく進められそうだと思えそうか』と聞きましたが、今の時点で手に入ったと感じるものはありますか?」

タクヤは「相変わらず、変な質問だな」と思いつつ、素直に答える。

「会議をうまく進める方法ばかり考えてましたけど、実は自分が全員の意見を聞かなきゃって固執していたことに気づきました。何か手に入ったというより、考え方のクセが見えた感じです。事前に意見を書き出すのはすぐできそうなので、まずはやってみます。まだ半信半疑ですけど……」

コーチから「焦らなくて大丈夫ですよ」と優しく告げられ、セッションを終えた。本来は実際にやってみての振り返りが大切らしいが、部下のアカリと相談してみることにした。何より、アカリが喜びそうな話題だ。

タクヤはモニター越しに軽く会釈をしてパソコンを閉じる。心にはほんの少しだけ、光が差し込んだような気がした。

「俺が気づいていないだけで、まだ活かせる強みがあるのかもしれないのか……」

そんな思いが、彼の胸の奥で静かに広がり始めていた。