Jimmy Giuffreのスタイル - クラリネットジャズ紹介2
2回目はJimmy GiuffreのThe Jimmy Giuffre Clarinet。
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Jimmy Giuffreは、ひとことでジャズクラリネット奏者と評するにはおさまりが悪いほど、多岐にわたる作品を残したアメリカの音楽家だ。戦後に作編曲家としてキャリアをスタートさせた彼が、演奏者として発表した3作目のリーダーアルバムがこのThe Jimmy Giuffre Clarinet(1956)だった。作曲家としてはFour Brothersという王道なスウィングナンバーで有名になった彼であるが、演奏者としては、クラリネット・テナーサックスにおける「フリージャズの先駆者」という評価を受けることが多いように思う。
このアルバムは特定のバンドの作品ではなく、Jimmy Giuffreが自らのクラリネットをフィーチャーして様々な編成で録音した作品群だ。1曲目のSo Lowは足でタップを取りながらの無伴奏のクラリネットソロ、2曲目はクラリネットとチェレスタのデュオ、と、徐々にドラム・ベースや他の管楽器を交えた編成に広がっていくように曲が配置されている。
このアルバムが発表された1956年はジャズでいうと、チャーリー・パーカーが亡くなったすぐ後で、マイルス・デイヴィスがジョン・コルトレーンらとクインテットを組んでいた頃。戦前に一世を風靡したスウィングジャズとはまた違う、モダンジャズの王道ができかかった時代と言ってもよいだろう。クラリネットは、スウィングジャズでは花形楽器をつとめていたけれど、ビバップやモダンジャズの王道の文脈にはのっていない楽器だった。そんな中で、”もはや王道ではなくなった”クラリネットという楽器で自らのスタイルを宣言するようなアルバムをリリースするというところに、彼のクラリネット奏者としての強さと覚悟を感じる。
Jimmy Giuffreの音楽は、確かに他のいろいろなスタイルと似ていなくて、今聴いても新しい(?)と思うような音楽だ。しかし、中でもメロディやフレーズがかなり強い力を持っているので、(フリージャズのステレオタイプである)「既成の概念を脱する・否定する」ような動きにも聞こえない印象がある。
このアルバムも、どこかブルージーで懐かしい感情と、出会ったことないものに出会うときの少しぴりっとする感情がないまぜになったような、Jimmy Giuffreの音楽でしか聴けないフレーズで埋め尽くされている。それはクラリネットだけでなく、共演者の管楽器やピアノ、ドラムに至るまで徹底している。例えばコードを主とする楽器としてではなく鍵盤が登場するところや、管楽器のアンサンブルが一曲を通してフレーズの集合であり続けるところ(ここはコードを鳴らす場所、というのがないような)など。それぞれの演奏者が全体から逆算された役割を担うことなく、個々の意志を持って噛み合おうとしていくさまと、その中でひとりの意志ある演奏者として、個として噛み合おうとするクラリネットが、彼がこのアルバムで宣言したスタイルなのかな、と思う。
クラリネット吹きとして大好きなのはDeep Purple。掴んだらほろほろ逃げていきそうなのに芯のあるメロディがずっと聴いていられる。フレーズ、横の流れだけで曲ができていることを感じさせられるのはMy Funny ValentineやThe Sheepherder。最後のDown Homeはスウィングを思わせるラージコンボっぽい編成の曲だけれど、Jimmy Giuffreは自分のフレーズでラージコンボに噛み合おうとしていき、最後は1曲目So Lowにどことなく重なっていくように終結する。決して既存のジャズのスタイルと重ねられないものではない、でもやっぱりひとりだけのスタイルなんだ、ということを感じさせられるアルバムの終わりである。