世界の法則と山に登る理由

世界は秩序だった法則正しい法則によってうごいてる。
成功も失敗もその法則に従って生まれている。
だからその法則に合わせて自分を変えて行かなきゃいけない。
全ての責任は自分にある。

上記は夢を叶えるゾウからの引用。

わたしの趣味は社会人になってからもっぱら登山だ。
山にいるときは、その壮大な自然を前に自分はちっぽけでなす術もなく 人間はみな平等に無力で だからこそわたしは山が好きなんだ。

それは自然の法則というどうしようもない秩序にあきらめて自分を順応させているから、ある意味で心地が良いのだと思う。
山の天候や条件なんて、人間にはどうすることもできないから、わたしたちは準備をして楽しむし、たとえ悪条件でもそれを受け入れる。  

すべてのことが秩序だった法則の上になりたっているなら自分とズレがあればその法則に従って自分を変えていくしかない。

出来事には原因があってその結果で生じているものなのだから、その原因は自分で、責任は全て自分だ。原因と結果には秩序だった法則がある。であれば私たちはそれに意識的であるべきだ。

とはいえ、やっぱり納得いかないぞ? みたいなことが普段の生活の中にはたくさんある。

だから生きごこちが悪いんだろう。
だからその逆の山はわたしとって心地がよいのだろう。

山登りは疲れるけど秩序だってる。
毎日、家事して仕事して人と関わって、納得いかない・通じない・分からない・平等じゃない・理不尽だ・いくら頑張っても届かない場所がある・などなど不満や不安に溢れてる。混沌とした人間の世界だもの。みんな疲れてる。納得もできない。
女30代、ホルモンバランスも崩れて自分の願いとはうらはらに心身を侵略してくるし自分をうまくコントロールできない。

今私が自分に言いたいことは、だからといって嘆かない。文句ばっかり言わない。自分や誰かを責めない。
冷静に捉えること。対応すること。これが法則なのだと認めること。
覚えておこう。(いやでもホルモンが…)

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