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ドバイ日記①「孤独感」



ドバイについた。ほんっとうに正真正銘のひとり旅で頼れる友達がいない。1週間なにするかのプランもない。今日寝る宿もない。正直、早く日本に帰りたいし楽しくないと思いながら過ごしている。アフリカで、友達に教えてもらったカウチサーフィンを入れてドバイの友達や無料で泊めてくれる人を探してたけど思ったような人はいない。1人だけめちゃくちゃ連絡が来る人がいて、「今日の宿がない」というとびっくり仰天して、宿を探してくれたり宿からちかいメトロを探してくれたりする。すごく丁寧に一緒にプランを考えてくれるんだけど、男性っていうこともあって信頼できないし夜に会えないか聞いてきたので、こりゃだめだと思い連絡を絶った


それはそうと今日のプランを考えなくては。ドバイで行きたいところはたくさんあるけど、とりあえずEXPO2020に行きたいと思う。空港から出ている無料のシャトルバスを探して職員さんに尋ねながら、なんとかバスに乗ることが出来た。バスからドバイの町並みを見ると、ビルが高い、、、アフリカとは大違いだ。ひとり旅が不安で仕方ないので、町並みを見ても心躍る余裕がなく気づいたら寝てしまっていた。

エキスポにたどり着く。国際学生証(学生は無料になる)と72時間以内の陰性証明書かワクチン接種の証明書(おぼろげにかいてます)いるって言われてたからダメ元で行ったんだけど、ワクチン系なにも聞かれなかったし、国際学生証明書ではなく立命館のただの学生証見せるだけで無料チケットをもらえた。中に入ると、テーマパークだった。ディズニーの上位互換。やっぱり子連れの人が多く、リュック&キャリーケースの荷物大量おばさんは私だけしかいない。もう暑くて暑くて、荷物も大量で、かつテーマパークに1人できても楽しいわけがなく、パビリオンにいっては日陰で休み行っては日陰で休みの繰り返しだった。昼ごはんも、食欲なかったけど食べなくてはと思い買ったが、片手よりも小さいホットドッグが1000円もした。すごいなドバイ



エキスポに来て、いや、そもそもドバイに来て感じたのはひとりだと何にも楽しくないということ!ひとりが好きなわたしだけど、誰かが隣にいるということの重要性を感じた。何かを見てもシェアする人がいないし、困った時に頼れる人がいないということはどれだけ恐ろしいことなんだろう😱「自由と責任」のことを考えてた。自由と引き換えに責任を伴い、あるいは自由がない代わりに安心や責任の転嫁を得れるのだなと思った。どっこいどっこいで、どちらを重視するかは人による。就活のことと重ねると、企業に就職するということは毎日の自由と引き換えに安定や責任の転嫁を得て、一方で自営業の人は自由を獲得する代わりに大きな責任を伴うのだなーとぼんやり思ってた。わたしは自由に生きていきたいが、その自由を得れるほどの責任を背負えるだろうか?

エキスポ、あまり楽しくなかったので夕方くらいで帰った。なんでこんなに楽しくないんだろうと考えてみると、ここの人たちは滅多に笑わないのである。威厳がある歩き方をして、笑わず、冷淡で、傲慢である。わたしがいた世界に限られるけどね

帰りのバスの中で孤独感を感じて、ひとり泣いてた。いやなんなら、エキスポの中でうっすら泣いてた。泣いて、寝て、泣いて、寝ての繰り返しで空港に辿り着いた。誰かの家に泊めてもらうか空港泊しようと思ってたけどベットで寝たいと思って、そこでホテルを予約した。タクシーを拾っていくんだけど、すんごく高かった。あと運転手を信頼できなかった。アフリカに行った時も、充分な信頼できなかったけどいついかなる時も交通手段を担ってくれた人は堅実な働きをしてくれた。ドバイは、狡賢さからなる信頼性の無さかなと思っていた。

ホテルにやっと辿り着いて、安心したら泣きじゃくってしまった。もう帰りたいと思い、飛行機の変更手続きするんだけど操作出来ず、電話しようと思うのだがドバイは通信に制限がかかっているため繋がらない(LINE電話もインスタの通話もできないんだよ😵‍💫)結局、家族を頼って、日本から電話してもらったら変更はできないとのこと。だから新規でチケットを買うしかないとのこと。すんごく迷ったけど自分の感情を大事にして明日の航空券とPCR検査の予約をした、zoomを駆使して日本と電話して笑わせて平穏にしてもらってから寝ました!

実はこの日記、次の日に書いております。ドバイ1日目のひとりぼっちの感覚では、書く気力も怒らないし、想像力が働かない。マズローの五段階欲求の3番目「社会的欲求」のことを思い出した。やはり充実した人間関係という軸がある上で、自分の選択欲求が成り立つんだなーと思った






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