ことばの採集:補足

 ダイアログデザイナーの嶋津さんhttps://twitter.com/ryotashimadu?s=21が、不定期にTwitterの spaceで開催している「ことばの採集」。

 そちらにtweetの投稿という形でご紹介させていただいたミュージカル楽曲の歌詞について、話を聞いてみたいとおっしゃってくださる方がいらした。
 ただ、その方とは互いの住居地などの関係もあり、同時に「ことばの採集」の場に参加する機会があまりない。なので、とりあえずここに、もう少し詳しい話を残しておこうと思う。

 なお、これはミュージカル及び原作となった児童文学についてのネタバレを多く含むので、そのあたり予めご了承願いたい。

 

 私が投稿した歌詞は、以下のとおり。

『生きてることは 素敵なことね
   夢見た人に いつか会えるわ』

 もう、40年以上も前の話になるが、NHKで観た劇団四季の子供向けミュージカル、そのメインテーマの歌詞である。
 ミュージカルのタイトルは【モモと時間泥棒】。
 ミヒャエル・エンデの【モモ】を原作としていることは、児童文学がお好きな方なら容易におわかりだろう。

さて、ここからは原作およびミュージカルのネタバレオンパレードになるので、お嫌な方はお引き返し願います。






 原作との大きな違いは、モモが「歌は歌えるけど、口がきけない」こと。
 そして、時間泥棒から時間を取り戻す代償に、モモの命が失われてしまうことだ。

 時間泥棒は、モモの友達を含む多くの人間から言葉巧みに盗み取った「時間」を、大きな貯蔵庫に保管している。
 時間を司る神であるマイスター・ホラは、モモを呼び寄せ、貯蔵庫を溶かすことができるのはモモの歌だけなのだと告げる。
 しかしながらそれを実行した際には、モモ自身も熱に巻きこまれて、死んでしまうだろう…とも。

 全てを承知でモモは時間泥棒のアジトに赴き、貯蔵庫の中でメインテーマを繰り返し歌い続ける。
 最初は恐々と、震える小さな声で。
 次第に大きさと力強さを増していく歌声は、やがて会場いっぱいに響き渡っていく。
 その間に、舞台には無情にもスモークがもうもうと立ち込め、時折赤い照明が不気味に煙を照らしていた。
 やがて、途絶える歌声。
 セットすらもよく見えなくなった舞台の真ん中で、もがくモモの姿がスモークの向こうにシルエットで映し出され…舞台は暗転してしまう。

 画面のこちら側で一部始終を見ていた私は、しばらくの間、顔を引き攣らせて硬直していた。

 ラスト、モモのかつての友人達は、モモの名を必死に呼びながら、共に多くの時を過ごした広場を探し回る。
 その頭上、天高くからモモの歌声が聴こえてくる。
 そしてお決まりの「みんなの心に、生き続ける」的なナレーションが入り、客も共にメインテーマを歌いながら、幕が降りるのだ。

 子供向け、しかもラストには共に歌わせることを前提に作られたメインテーマは、美しくも覚えやすい旋律で、かつ歌詞も短かい。
 観ている間にすっかり誦じることができるようになっていた私は、その後もこの歌を忘れまいと、しばらくの間、暇さえあれば口ずさんでいたことを覚えている。

 私は多分、納得がいかなかったのだ。
 モモが死んでしまったことに。

「夢見た人に いつか会えるわ」
 そう歌ったモモの最期は、独りきりだった。
 時間泥棒に騙されたとはいえ、友人達は富や名誉に目が眩んで、自ら進んで彼女のそばから離れていったのだ。
 なのに、その彼らを救うために、モモは死んでしまう。
 友であった人と、誰一人として再会の叶わぬまま……。

 モモを探し回るかつての友人達の姿を、とても冷めた目で眺めていたことを、私は覚えている。
 同時に、自分がこの物語の世界の住人だったとして、モモのように振る舞えやしないことも、街人達のようにならない自信も無くて、そんな自分が嫌で酷く落ち込みもした。

 ——ああ、そうか。

 モモの歌を忘れたくなかったのは、きっとモモの性格や行動に対する憧れ以上に、懺悔の気持ちが強かったからだ。
 この文章を書きながら、漸く今、そんなことに思い至っている。

 その後、中学生になった頃に、で市の図書館で原作本を見かけて手に取った。
 その時まで原作があることすら知らなかったけど、タイトルと表紙で、すぐにそれとわかった。
 夢中になって読み進め、ミュージカルとは違い、モモが無事に友人達の元へと帰れたことを、どれだけ嬉しく思ったことだろう。

「夢見た人に いつか会えるわ」

 確かに私は、会えたのだ。
 友達の元へと帰ることのできた、モモに。
 こうであってほしかった…と幼心に願った世界に、還ることのできたモモに。

「生きてることは 素敵なことね」

 本当だね、モモ。
 でもだからこそ、私はあなたとあなたの歌を忘れない。
 忘れずにいたい。
 2022年3月上旬。
 今この時に於いて、なおのこと強く、そう思う。




追記:そういえば嶋津さんて、ちょっと原作のモモに似てるかも。