あの日の私とガーコとオール 〜ガチョウの親友ができた日の話〜
2021年1月1日。
息子と何気なくテレビを見ていたら、NHKで教育コンテンツの国際コンクール「日本賞」の受賞コンテンツを紹介する「まるごと見せます!世界の教育コンテンツ~日本賞2020~」という番組をやっていた。
その時流れてきたのは、フランス・ベルギーで制作された「シュームの大冒険~ママはどこ?~」という作品。卵からかえったばかりの赤ちゃんふくろう、シュームの冒険を描いたものすごくほんわかで可愛さ溢れるアニメーション。
卵がかえる前に母鳥とはぐれちゃって人間に拾われたり、戻ってきたお母さんと海辺に帰って行ったり、いろんな動物と出逢ったり。とにかく表情と表現豊かでかわいらしい映像に息子と二人で見入っていたんだけれど、本当にふとした瞬間、もう会うことができない私の親友の姿がシュームの表情とだぶって見えた。そう、私にはかつて、不思議な絆で結ばれた、鳥の親友がいたんです。
これは、まだ幼かった私にできた、ガチョウの親友と私のお話です。
オール乗りガチョウのいる池
私の住んでいるまちには、千葉公園というかなり広い総合公園があって、小さい頃は本当によくこの公園に遊びに行っていた。公園の入り口から少し入ったところに大きな池があり、ボート乗り場になっていて、父や母と遊びに来た時にこのボートに乗るのがこっそり楽しみだった。
池の真ん中にはアヒルやガチョウの住む浮島があって、そこには利用客は近くことができないようにん柵がしてあるんだけど、よくそのほとりに近づいてはアヒルこっちこないかなーなんて覗き込んだりする。ただエサも持ってない状態ではまず近寄っては来ないんだけど、ある日、ボートの周りにアヒルたちが寄ってきた。私がエサをまく "ふり" をしていたからだ。
「ほらほらほら〜エサだよ〜おいでおいで」
そうするとアヒルたちはかたいクチバシをカプッカプッと私の手の先めがけて突いてくるんだけどまあもちろん何もないので、すぐにバレて解散。
と思いきや、他のアヒルよりもずっとずっと大きな茶色のやつが私たち家族の乗っているボートへと近づいてくる。
そいつはクチバシは鼻のところまで黒く、鼻の上にこぶのような突起がある。頭は茶色くて喉から胸にかけては白い。首はにゅっと長くて茶色の羽にふちが白い模様。足はオレンジでお尻はふわっふわの白。
当時まだ小学校低学年くらいだった私は「おっきいアヒル」だと思っていたけれど、あれがガチョウの一種だってわかったのは大人になってから。同じ種類のガチョウはその池には当時二羽いて、一羽は喉がだらーんと垂れていて、もう一羽はもう一回り小さい若いオスだった。(メスは真っ白)
私たちのボートに近づいてきたのはそのだらーんと喉元が伸びたオスのガチョウ。長い首を伸ばして私たちのボートの中を覗き込み、池をゆうゆうと漕いでいた足をばたばたさせてなんだか乗り込もうとしている。
その時父が、ボートのオールを何の気なしにそのガチョウの胸元にそっと平らにしてつけてみると、なんとそのガチョウ、オールに乗ったのだ。
なかなかの重量のガチョウがオールに乗り上がってきたので、父はバランスをとるようにそのオールをぐうーっとてこのようにして上にあげて、するとガチョウは立派に姿勢を伸ばした状態でオールの上に乗り、この時、千葉公園の池に「オール乗りガチョウ」が誕生したのだ。ガチョウは池から10cmくらい浮いたオールの上から、気持ち良さそうに池全体を眺めていた。
その後ガチョウはボートに乗りたがっていたけれど、そこでバランスを崩して家族3人池ボチャしてはかなわないので、そっと池に戻した。するとすいーっとそのガチョウはまた仲間を連れて浮島へと戻って行った。
ボート乗り場に戻って、受付のおっちゃんにこの池のガチョウはオールに乗ってくるんですね、なんて話をしたら、
「そんなの見たこともないし、そんな話聞いたことない」
と言っていた。偶然私たち家族に起こった奇跡だったのかもしれない。
やっぱりうちの家族の時だけオールに乗ってくる
あの時の強烈な印象が忘れられず、私たち家族は公園のボートに乗るたびにそのガチョウを探すようになった。そして不思議なことに、やっぱりあのガチョウは私たち家族をみるとボートに近づいてきて、オールに乗ろうとするのだ。
いつしかうちの家族はそのガチョウを「ガーコ」と呼ぶようになり、ボート乗り場へ向かう途中に「今日はガーコくるかな?」などと話すようになった。
ボートに乗らない日にも、池のボート乗り場とは反対側の浮島へ近い側へ周り、池の柵を乗り越えて石垣に腰掛けてガーコを呼ぶこともあった。そして次第に、なんとガーコは私たち家族が呼ぶと、返事をするようになったのだ。
「ガーコ!おいで!」
「クェェェェェェッ!」
最初は、ガーコが湖を泳いでいる時、私たちの姿が見える時だけ反応してくれた。岸からガーコを呼ぶと、ガーコは首を伸ばして私たちを探し、遠いところを泳いでいても、見つけるやいなやスイスイスイ、とまっすぐに私たちのもとへ向かってくる。その様子を見て、近所の人たちはびっくりしていた。だって、私たちの手元にはエサも何にもなかったから。
そのうちガーコは、浮島でお昼寝をしていても、姿が見えなくても、私の声にだけは反応してくれるようになった。
「ガーコ!」
「クェェェェェェッ!」
私たちがどこにいるかわからない時は、すごく時間がかかったけど、根気強くガーコの名前を呼び続けると、浮島から水辺へ、そして水辺からすうっと池へと入り、そうしたらもうスイスイスイッと私の元へとやってきた。
「ガーコはめむちゃんが好きだねぇ」
母が隣で言っていた。
公園の池でガーコを呼ぶために大声を張り上げるのはちょっとはずかしかったりもしたけれど、いつもすぐに返事をしてくれるので私は得意げだった。周りの人が真似してもガーコは返事をしなかった。ガーコは私だけの仲良しの特別なガチョウだった。
ガーコが池の鳥たち全部を連れてきた
ガーコは当時ガチョウの群のボスだった。
ガーコを呼ぶと若いオスのガチョウと、メスのガチョウが3羽ついてきたし、他のアヒルたちもその周りをうろうろ泳いでいた。
時々ガーコにもエサをあげたくて食パンを持って行ったりすると他のガチョウやアヒルたちがわらわら寄ってきて邪魔をするもので、いつもガーコ以外の一切を引き受けるのは母の役目だった。
母がほれ食べなー、と他のガチョウやアヒルたちにエサをあげている間に、私はそっと離れたところにガーコを呼び、こっそり1羽にだけパンをあげた。
でもガーコはエサがあろうとなかろうといつも私の声に反応して必ず私のところまで来てくれたし、私もたくさんのアヒルやガチョウの中からでもガーコは一瞬で見つけることができたし、やっぱり他のガチョウともアヒルとも全然違う、特別な存在だった。
そしてそんなことを繰り返して数年がたち、私が高校生になってから、私は初めてできた彼氏にガーコを紹介したくて、少し暗くなってからガーコのいる池へと彼を連れて行った。
「私、仲良しのガチョウがいるの。ガーコっていうんだけどね」
多分彼はなんのこっちゃと思っていたと思う(笑)
言われるがままに連れて行かれた夜の公園で、道無き道を進み、池の周りの柵に持たれながら私が突然大声をあげた。夜だから少し躊躇したけど、大きな声で呼ばないとガーコが来てくれないから。
「ガーコ!」
するとガチョウやアヒルたちももう静まり返った浮島から、やっぱりいつものとおり
「クェェェェェェッ!」
とガーコが返事をしてくれた、
の、だが。
その日はさらに想像だにしないことが起こった。
バーーーーーサバサバサバサバサバサバサバサーーーーー!!!!!
なんと私がガーコを呼ぶやいなや、エサをもらえると思った公園の池にいる鳥やらアヒルやらガチョウやらが一斉に私のところにバッサーーーーと大集合したのだ。
数年公園に通い続けていたがこんなことは初めてだった。
他の鳥たちも「この声が聞こえるとエサをもらえる」と覚えてしまっていたらしい。
まるで私、夜闇に紛れて鳥を使役する魔女みたいだった(笑)
この風景には彼も仰天して、そして大爆笑。
「メイちゃん鳥使いだったの!?すげぇ!」
でも大集合させて本当に申し訳ないがその時は手持ちがなく、ごめん、エサは今日はないよ…と説明すると、「チェッ、なんだよ、きてやったのに」と言いすてるが如く、大量に集まった鳥たちは全部スィ〜っと解散。
そしてワンテンポ遅れてガーコがやっと辿り着き、ガーコだけは私がそこにいる間、ずっと池のふちに居てくれた。
彼にもガーコを紹介するという目的は果たせたものの、あらぬ鳥使い疑惑を彼に持たせる結果となってしまったが、あの日のことは今でも忘れられない。
ガチョウの世代交代とガーコとのお別れ
そんなガーコも出会って10年以上がたち、私が高校を出る頃には、ガーコは群のボスではなくなっていた。あれほど彼の後ろについて回っていた若いオスも3羽のメスも、もうガーコについてくることはなく、その若いオスが今は群のリーダーになっているようだった。
出会った頃は体も大きく立派で、垂れる喉元が威厳を放っていたガーコも、年を取り、動きはゆっくりに、喉元はさらにだらーんと力なく伸び、それでも彼は私が呼ぶと、ちょっとだけ間をあけて、でも
「クェーッ」
と返事をして、重い腰をあげて、ひとりで私のもとに泳いできてくれた。昔あれだけ一緒についてきていた残りの4羽は、池の反対側で小さくゆうゆうと泳いでいるのが見えた。
私は大学2年から地元を離れ、大学のある大田区のアパートを借りて一人暮らしを始め、もう地元へ足を運ぶこともめっきり減り、その頃にはガーコのことも自然と忘れてしまっていた。新しい環境での生活は刺激的で、毎日新しいチャレンジに満ちていて、私は一人暮らしを充実させることにいっぱいいっぱいだったのだ。
一人暮らしをはじめて以降、実家に戻るには父の了解が必要だったため、なんとなくめんどくさくなって千葉に戻ることはどんどん少なくなって行った。ただその日は偶然千葉で別の用事があり、数年振りに地元の駅へと足を運んだついでに、懐かしい自分の家の周りを散歩してみることにした。
駅前から線路の高架下を通るトンネルを通って自分の家のある通りへ抜ける道。
幼馴染のお母さんが働いていた食堂。
小学校の頃に通っていた美容院。漫画を借りたりゲームボーイをこっそり借りたりした店員さんは、もういなかった。
昔よく買い物に行っていた酒屋さんはもうなくなり、コンビニになっていて、ビール券でお菓子を買わせてくれたおばちゃんにはもう会えないんだなーと思った。
裏手の目立たない二階にあるにも関わらず、オリジナルのおいしいパスタと何種類も選べるおいしいアップルパイやガトーショコラが食べられる大好きなパスタ屋さんは改装してもっと大きくなっていた。
公園への道は、いつもどきどきするから一本奥の細い道を通っていた。
友達の家の窓も見えた。
公園へ行く時によく使っていたセブンイレブンは、プリンターが入って少し狭くなってた。
横断歩道を使わずによく横切った道路を、同じように小走りで駆け抜けて、
コンビニで買ったコーヒーを片手に、池へと向かった。
ボート乗り場は、冬だから閉まってた。
池の裏側へ周り、浮島の側へ着いた私は、
すぐにガチョウの群を見つけることができた。
オスが2羽、メスが3羽。
オスのリーダーらしき1羽の喉元はびろーんと垂れていたけれど、
ガーコほどの威厳のないまだまだひよっこの喉元だった。
もう1羽はもっと若いオスだった。
その群にはガーコはいなかった。
浮島の方も注意深く見てみた。
それでもあの大きな茶色の体は全く見当たらない。
少し嫌な予感がして、私は手すりの内側へ潜り込んで石垣に座って、
息を深く吸って、もう一度名前を叫んでみた。
「ガーコ!」
周りを歩いているまちの人が不思議そうにこっちをみているのがわかった。
木枯らしが寒かったのを覚えている。
缶コーヒーはすぐに冷めてしまった。
「ガーコ!」
それでも返事はなかった。気配も全くしなかった。
まるで知らない池にいるみたいだった。
「ガーちゃん?!」
冷たい水面に私の声だけが響いて、もう私の声を聞いても振り返るアヒルさえいなかった。
魔法がとけてしまったような、ものすごくぽっかり穴が空いたような気持ちになって、それ以上その日は名前を呼ぶことはできなかった。
冷たくなった缶コーヒーを片手に、その日はそのまま自宅にも寄らずに東京の一人暮らしの家に帰ったのを覚えてる。
そのあとも、なんだか諦めきれず公園のすぐそばに住む幼馴染に池を見に行ってもらったけど、胸元までのびた喉ぶくろのあるガチョウは見つけられなかったと言われた。
夢じゃないけど、夢だったような想い出
そして今日、2021年始まりの日。
「シュームの大冒険」を見ながら突然思い出した私の親友のガーコ。
隣で見ている夫に、
「なんだかガーコのこと思い出しちゃった」
と言ったら、
「ああ、あのメイちゃんが鳥使いみたいになってた公園にいたガチョウね」
と夫も覚えていてくれた。
「ガーコに会いたくなっちゃった。」
「ガーコに会いたいよー・・!」
幼い私が親友だと思えたあの優しいガーコの姿を一気に思い出し、気がついたら私の目からは涙がぼろぼろぼろぼろ溢れてきていた。
エサなんかなくたっていつもそばに来てくれたガーコ。
呼ぶといつもすぐに返事してくれたガーコ。
私を探してくれたガーコ。
私だけのお友達。
どうして大きくなって疎遠になっちゃったんだろう。
もっと会いに行けばよかった。
もっといろんな話を聞いて欲しかった。
あの日、紹介した彼との間に二人も子供ができたよ、ガーコ。
息子に会わせてあげられたら、きっと息子も娘も喜んだだろうなあ。
ぼろぼろ泣く私をみて、隣で一緒に「シュームの大冒険」を観ていた息子がぴたーっとくっついてきたので、ぎゅーっと抱きしめ返した。
36年も生きてると、いろんなことがあるよね。
不思議な出会いも、奇跡の出会いも、
これからもひとつひとつ大切にしていきたいなって、
そんな風に思った日。
ガーコからの贈り物。
忘れないよ、ガーコ。
おしまい。