「ほめる育児」~無神経な私と繊細な元友人たち~
唐突だが、私は「ほめる育児」か「ほめない育児」かと問われたら前者である。
独身の知人からは「褒めすぎて天狗にならない?」と聞かれたこともあるが、子育てしてみて早数年、子供が天狗になるデメリットよりも、自己肯定感が高いメリットの方をよくかみしめている。
「ほめる育児」を心がけるきっかけは学生時代の交遊関係だった。
学生時代、ストイックな部分を尊敬して親しくさせてもらった同級生には、『「軽々しく褒めない育児」で育てられた』という人が多かった。
当時は、真面目に勉強に打ち込む姿に刺激されて、自分も頑張ろうと奮起した。
しかし、社会人になると、彼ら彼女らが結構な割合でメンヘラったり拗らせた。学生時代は彼らのことをストイックだと思っていたが、思い返せば学業の功績を褒めても「私はまだまだだから」などと自己否定系の言葉を返されて反応に困っていた。
ただ、『実力は無いくせに自己肯定感だけは強かった』昔の私には
自己否定できる姿がなんだか大人びて見えて、「ストイック」の一言でまとめてしまったのである。
さらに、彼らが厳しかったのは自身だけでなく、他人にもだったことも思い出した。彼らなりの「タブー」や「地雷」も多く、何が逆鱗に触れるかわからなかった。
なんだか気難しい人達と仲良くしていたんだな、と学生時代の自分へ思いを時折馳せてみたが、婚約~駐在帯同の間に「友やめ(縁切り)」してきたのも彼ら彼女たちであった。
そうして私の中で出た結論は、「自己評価低いメンヘラよりもナルシストの方が健全」ということだった。
子供には、自己も他者も肯定できるたくましいナルシストになってほしいと思う。実力もできたらつけてほしい。