ぼっち駐妻
近所に友達らしい友達がいない駐在妻をしていた頃の生活や思考
当時の状況
近所に日本人があまり住んでいない地域。日本人を見つけても、異性だったり独身だったり子供がいなかったりで、微妙に活動時間や関心事が違って集まることはなかった。
地域の人種は白人と黒人を中心に、ヒスパニックやアジア系は少数。
平日1人で子供を見ているうちに公園で顔見知り~少し話す程度の仲の人がいるが、ほとんどがベビーシッター。つまり仕事中の他人、子供の友達自身から見ても他人。育児の愚痴は共有できない。
ワーキングマザーが圧倒的多数派の地域だった。
どうしても日本人のママ友が欲しくなった時は、ネットを通じて複数の日本人親子と知り合った。アメリカの感覚では『近所』だったと思うが、家が一番近い人でも5kmは離れていた。
ぼっちにも慣れた頃
日々の育児と家事の合間にできた微妙な時間、時折日本人村で過ごしていた頃を思い返す。
今はなんて快適なんだろう。日本人とは月に1回しか会わないが、それで日本語で他人と会話したい気持ちは十分満たされる。
出会い系(駐妻同士)サイトを頑張れば、まだまだ日本人の知り合いを増やせるだろうが、日本人の友人知人をこの地でこれ以上増やすことに特に意義を感じない。いや、全く感じない。
地域の育児やイベント情報だったら、日本人よりも近所の日本人以外の人の方が詳しく教えてくれる。子供の学校も日本人向けは遠くて諦め、現地校に入れた。
ますます普段の生活に、日本人との密な付き合いが要らなくなっていった。
外国人としての開き直り
ぼっちでも居心地が良かったのは、ひとえにご近所さんやアパートのスタッフなど、周囲のアメリカ人に恵まれたからだろう。
私の拙い英語を理解してくれようと根気よく付き合ってくれた。
そして、やはり子供連れ補正は強い。アメリカは子連れだと、基本どこでも誰でも優しくて親切だった。子連れじゃない時との対応の温度差で心が風邪をひきそうになるくらい、子供を連れているとみんなあったかい。
地域のコミュニティに溶け込んでいるわけでもない『子連れ外国人』という完全なるお客様の立場。自分は特に誰かに何かをしてあげてはいないのだが、ひたすらに親切にしてもらったり色々と大目に見てもらっていた。
甘やかされてる、ともいえるが正直とても楽だった。
人間、楽な方に流される
日本人集団の中では、「お客様」を止めてちゃんと取り組まなきゃいけなかったり、取り組まなといけない気がして疲れるのだ。
こういう宙ぶらりんな状態はいかがなものかという人もいるだろうけど、私は楽は楽が好きだし、自分に正直な自分が好きなのでしょうがない。
むしろ、こんなに日本人に気を使わなくていい生活、今しかできないのではないか。
日本に帰国したってできない。ここまでご近所を気にしなくても良い生活。これは全力でエンジョイするしかない。
こうして、その地では誰ともつるむことなく、親子3人(平日は2人)きりのぼっち生活を謳歌した。