台湾の離島「馬祖」の文化と歴史をアートで体感 『馬祖ビエンナーレ』は一見の価値アリ!
台湾の離島「馬祖(まそ/ばそ)列島」で現代アートの祭典『馬祖ビエンナーレ(馬祖国際芸術島)』が2023年11月12日まで開催中!
台湾にある離島のうち、本土から一番遠く中国大陸に一番近い「馬祖列島(以下、「馬祖」)」。台北から北西に向かって飛行機で50分ほど、ジェット船を使えば3時間ほどで行くことができます。
しかし、かつては中国と対抗する最前線の軍事基地だった時代があり、一般の観光客が島に入れるようになったのは1994年のこと。
そんな観光地としてはまだまだ発展途上であるこの地を新たに生まれ変わらせ、芸術の島にしようという試みで昨年から始まった『馬祖ビエンナーレ』は、今年で2回目の開催となります。
▌5つの島に約70の作品が出現!
「馬祖」は計36島の小さな島々からなり、そのうち人が住んでいる島は北竿、南竿、東引、東莒、西莒の5つ。『馬祖ビエンナーレ』では、この5つの島に約70の作品が展示・演出され、「馬祖」の文化や歴史を感じながら「アート島巡り」を楽しむことができます。
今回は本イベントのメディア向けツアーと開幕式に同行し、実際にキュレーターの方々より作品についてのお話しを聞きながら、アートを通して「馬祖」の多くの一面を垣間見ることができました。アーティストたちが長い時間をかけて創り上げたアート作品から見えてきた「馬祖」の奥深き文化や歴史について、3つの視点「戦争と平和」「戦地だった過去」「戦地からの再生と未来」より考えてみることにします。
▌戦争と平和を考える
戦争と平和の矛盾
沖縄県出身・台湾在住の胡宮ゆきなさんの作品。「ピストルの先端」と「ハトの口ばし」を合わせた大きなバルーンオブジェで、「戦争と平和の矛盾」を表現しています。
台湾の夜市で「雞蛋(ベビーカステラ)」を食べたとき、ピストル、ハト等、様々な形のケーキが、同じ袋に詰められている姿を見たゆきなさんは、それがまるでこの世界の縮図のようだと感じたそうです。
「平和」は目には見えないけれど、誰かの欲や犠牲によって成り立っているという「矛盾」を訴えかけるインパクトのある奥深き造形。南竿-北竿をつなぐ福澳港待合所の前に大きく展示されているので、ぜひ一目見ていただきたい作品です。
【作品番号│中国語タイトル】NA33│和平小菜一碟 It' s a peace of cake (10XL)
【場所】南竿・福澳港碼頭候船室1F
【時間】全日開放
日本と台湾の島をアートでつなぐ
京都府出身のアーティスト・高橋匡太さんの作品「雲の故郷へ」は、風船でつくられた雲で「移動できる自由」を表現しています。
「香川県・男木島」と「馬祖・東莒」、それぞれの島で小学生たちに向けてワークショップを行い共同で創り上げた、まさに日本と台湾をアートでつなぐ作品です。
雲のバルーンオブジェの隣には、カラフルにライトアップされた空間に数えきれないほどの雲がふわふわと浮かぶ可愛い展示も。「雲に乗って好きな場所に行けるなら?」という質問に対して、子どもたちが書いた十人十色の行き先が、雲のひとつひとつに書かれています。
また、ワークショップを通して高橋さんは、子どもたち自身に島の好きな場所を案内してもらったそうです。2つの異なる国の島で育った子どもたちですが、「自分の島のことが大好き」「自分の島の好きなところをよく知っている」という点は全く同じで、その共通点が強く印象に残っていると話していました。
展示会場には、家族連れの観光客も多い様子で、子どもたちが雲の中で楽しそうに遊ぶ姿も。
コロナや戦争等、様々な理由で行きたい場所へ自由に行き来ができなくなってしまった世界を見つめなおし、夢と希望を与えてくれる空間です。
【作品番号│中国語タイトル】NA30│通往雲的故鄉(雲の故郷へ)
【場所】南竿・馬祖民俗文物館
【時間】毎日9:00~16:00
▌戦地だった過去を考える
海に戻った「クジラ」と「馬祖」の共通点
台湾の人気アーティスト・伊祐.噶照さんの作品「海は私の陸地です」。
馬港ビーチに大きくそびえ立つクジラのオブジェは、使わなくなった「軍事用の船」の部品を再利用し造られています。よく見ると船の中にあったライト、窓、ベッド等がクジラを形作っているのが分かります。
さらに、モチーフに選んだクジラは「馬祖」と共通点があると伊祐さんは言いました。「馬祖」にとって海こそが陸地であり、生活に欠かせない風景であること、そんな海と深くつながりのあった「馬祖」の先住民たちは、軍事用地だった頃は大好きな海に行くことを禁じられ、今再び海へ入ることが許されました。そのことが、クジラが生物学的に「海から陸へ上がり生活するつもりだったものの、陸地でうまく生き残れずにまた海へ戻ったこと」と似ていると伊祐さんは感じたそうです。
目の前の生活や自由が制限されることへの苦しみ、時代に翻弄される人々の想いを想像しながら、「馬祖」の平和をともに願いたいと感じる印象深い作品でした。
イベント終了後も、クジラは永久的にこの海辺に残り続け、訪れる人たちを明るい気持ちにさせてくれることでしょう。
【作品番号│中国語タイトル】NA29│ 海就是我的陸(海は私の陸地です)【場所】南竿・馬港沙灘
【時間】全日開放(イベント終了後も展示)
父からの言葉が交じる1万文字以上の切り紙
馬祖出身の工芸家・陳治旭さんとマレーシア出身のストップモーション・アニメーションクリエイター・劉靜怡さんの共同作品「收信快樂」。
手紙は「馬祖」の重要な文化の象徴でもあり、住民と軍人の生活、思考、感情をつなぐ大切な記録です。
天井から床へ吊るされた1万文字以上の切り紙と、スクリーンに映し出されたストップモーション・アニメーションによって、言葉を風景として表現し、未来と過去をつなぐ空間を創り上げています。実際に陳さんが父からもらった言葉の一部が作品となっています。
映像の中には、劉さんの父が兵士だった頃に書いた手紙の内容や、当時「馬祖」で使われていた通貨、軍人の間で歌われていた「精神歌(励ましの歌)」等、過去の記録が音楽とともに流れ、当時の軍人たちの心の中の感情や、台湾本土と「馬祖」との結びつきを表現しています。当時の人々の息づかい、感情の重みを五感で強く感じられる空間です。
【作品番号│中国語タイトル】NA27│ 收信快樂
【場所】南竿・山隴排練場
【時間】毎日9:00~17:00
交わらなかった空間が再び交差する
軍事用地だった頃に使われていた軍事用郵便局を大胆に活用した作品「消えたワームホール」。
1956年から1992年までの軍事用地期間を振り返り、台湾本土と「馬祖」の関係を交わることのない時空「ワームホール」に例え、海を隔ててその間に交わされた言葉たちを新たな形で表現しています。
実際に使われていた電報の数字、会えない彼女への数百枚にわたる公衆電話のカード、大切な家族への無数の手紙、過酷な軍事生活の中で互いに気遣う先輩と後輩の会話等が、ほの暗い地下空間の中に散りばめられています。
当時、手紙は天候によって配達日数が左右され、届くまでに1か月かかることもあったそうです。さらに、厳しい監視の元で管理された手紙はランダムでチェックされ、中には政府の悪口を書いたものが運悪く見つかり3年間、台中の牢獄の中で過ごした兵士もいたという悲惨なお話しも。
ここでもまた、軍事生活の厳しさ、人としての権利が失われた時代のむごさを目の当たりにし、今目の前ある「平和な生活」や「言論の自由」の有難さを感じました。
【作品番号│中国語タイトル】NA28│消失的蟲洞(消えたワームホール)【場所】南竿・珠螺國小防空洞
【時間】毎日9:00~16:00
▌戦地からの再生と未来
伝統の祭をアートで再生する
失われつつあった「馬祖」の伝統祭を新たな形で表現した作品「風の塔」。1年の悪運を焼くという意味でレンガや瓦を使って塔を建て、上部の隙間からゴミを捨てて燃やす「馬祖」の伝統的な祭「燒塔節」。この祭は「馬祖」の人々にとって重要な存在でしたが、戦時中は不用意に火を使うことが禁じられ、次第に忘れ去られつつありました。
タワーには、漁業用の縄に服を干すという「馬祖」の伝統を取り入れ、昨年の『馬祖ビエンナーレ』で行われたワークショップで小学生たちが土で染めた布が吊るされています。炎が燃える様子を、布が風になびく様子で表現し、海と太陽の光がそのタワーを照らします。失われつつあった伝統を新たな形で蘇らすとともに、「馬祖」の人々が風に乗って旅をする過去から未来への時間を表現しています。
【作品番号│中国語タイトル】NA35│風塔(風の塔)
【場所】南竿・仁愛沙灘
【時間】全日開放(イベント終了後も展示)
過去と未来をつなぐ空間
廃墟となった家を老酒のガラスハウスに生まれ変わらせた作品「開く」。
この作品がある「津沙」は、「馬祖」において古くから老酒醸造の重要な場所でした。かつて人々が暮らしていたこの空間に、老酒のガラス瓶で新たな家を創造。廃墟にはもう存在しないはずの「扉」は光り輝く透明の美しい入口に変わり、中に入ると四角い窓から「馬祖」の壮大な海、人々の暮らしを眺めることができます。
ここは、「馬祖」の過去と未来が交差する時間と空間であり、かつてここに存在していた人々の記憶の記録でもあります。
『馬祖ビエンナーレ』では、こうした使われなくなってしまった場所に、新しい息を吹きかけ、未来につなぐ空間へと生まれ変わらせるアート作品が多く展示されています。
【作品番号│中国語タイトル】NA21│打開(開く)
【場所】南竿・津沙聚落
【時間】全日開放(イベント終了後も展示)
「馬祖への恩返し」は「母親への恩返し」
かつて「馬祖」の防衛部指揮部の旧福利施設だった「中山門」。
現在は使わなくなったこの空間を「一隻の船」に例え、室内に多くのアーティストの作品を展示し構成される「時間を超える時間」。
キュレーターを務めるのは、「馬祖」で暮らすご夫婦・曹楷智さん(夫)と李若梅さん(妻)。馬祖出身の曹楷智さんは、建物を船と見立てたことに対して「船はずっと前に進むことから、みなさんと一緒に時間を超えて前へ進みたいという想いが込められている」と言います。
曹楷智さんの「母親の船」という作品には、実際に母親が使っていた服や生活用品、実家をリフォームする際に使った木材等が使われ、壁には母親の姿を描いた油絵が飾られています。曹楷智さんは、「『母親』は『馬祖』であり、『馬祖への恩返し』は『母親への恩返し』」だと考え、日々新しく生まれ変わる船の中で、毎日母親のことを想いながら作品を作りました。
生きづらさを感じた「馬祖」は故郷に変わり、新しい花が咲く
結婚を機に「馬祖」に嫁いだ李若梅さんと娘・曹元夢さんによる共同作品「他郷は故郷」。
「馬祖」ではかなり珍しい女性の漁師として働く曹元夢さんは、大きな漁網、海、漂流する木の船板等を使い、祖母の苦労、記憶を忘れないようにという想いで親子ともに協力し作品を作り上げました。
作品の中には、網で作られた花がライトで照らされ大胆に咲く様子が見られます。これには、「網という不自由な暮らしの中でも、自由に自分のやりたいことをやる」という意味が込められているそうです。
台湾本土から遠く離れた「馬祖」での暮らしは決して簡単なものではなかったこと、その中でも前を向いて懸命に自由をつかもうとする「未来への夢や希望」を、この花を見て強く感じました。
現在はアーティストとして活動する傍ら子供たちに美術を教えている李若梅さんは、2006年に「馬祖」でアート団体を設立し、頻繁に有名なアーティストを「馬祖」に招く等、文化とアートの発展の一翼を担っています。台湾本土から遠く離れた小さい島である「馬祖」では、どうしても視野が狭くなりがちですが、こうした多くのアートに触れることが、新たなインスピレーションを得る機会になることを願っていると言います。
【作品番号│中国語タイトル】NA01│母親的船(母親の船)
【場所】南竿・中山門
【時間】毎日9:00~16:00
【作品番号│中国語タイトル】NA15│他郷的故郷(他郷は故郷)
【場所】南竿・中山門
【時間】毎日9:00~16:00
作品はまだまだあり、正直、活字にして紹介するのが本当に難しいほど、どれも「馬祖」を本気で想い長い時間をかけて創られた素晴らしいものばかりでした。
普段では見られない「馬祖」の違った一面、これまで目にすることのできなかった文化・歴史の裏側をアートから感じられる『馬祖ビエンナーレ』は一見の価値アリです。
2023年9月23日~11月12日までと開催期間も長いため、ぜひこの機会に神秘の島「馬祖」に足を運んでみてはいかがでしょうか。そして「アート」を作品として見るのではなく、ぜひその先にある「馬祖」の姿をあなたの目で、耳で、手で、足で感じ取ってみてください。
次回は「馬祖グルメ&お土産 8選」を紹介します! 台湾本土ではなかなかお目にかかれない「馬祖」ならではの美味しいグルメがたくさんあるので、ぜひ『馬祖ビエンナーレ』の作品と一緒に楽しんでみてくださいね!
記事執筆・写真:加賀ま波(MAHA)
●『馬祖ビエンナーレ』公式HP
●交通手段
台北-馬祖 飛行機「UNI AIR 立榮航空」
台北-馬祖 ジェット船「南北之星快輪」
●島内移動
タクシーを呼ぶ
スクーターを借りる
車を借りる
バス(北竿・南竿のみ│本数少ない)
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※本イベントは9つのキュレーションプロジェクトより、70点以上の作品が展示・演出されています。記事内ではより分かりやすく紹介するため、キュレーションプロジェクトのタイトルを割愛させていただきました。また、アート作品に関しては一部個人的な見解も含まれているため、見る人により感じ方が異なる場合がございますこと、ご了承ください。
『馬祖ビエンナーレ』の詳細は公式HPをご覧ください。
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