2021/10/28; 『medium 霊媒探偵 城塚翡翠』
先輩から「最後が衝撃的すぎて落ち込んだ」と言われた通り、物語は思いもよらない結末を迎えた。これからこの作品を読む方は、必ず最後まで読み切ってほしい。
『medium 霊媒探偵 城塚翡翠』は、霊媒師 城塚翡翠の直感と、ミステリー作家 香月史郎の論理が重なり合い、殺人事件の真相を紐解いていく推理小説である。異質なタッグから繰り出される明晰な考察は、とても心地いい。最終話、満を持して対峙するシリアルキラーを、2人は如何にして追い詰めるのか…。誰もが固唾を呑むことだろう。しかしこの物語は、そんな期待にまっすぐ応えるほど、ぬるいものじゃない。
あらすじを軽く述べたところで、気になった人は是非「最後まで」読んでみて下さい。なおこの先に感想を書きたいので、ネタバレ注意です。
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面白かった。それは確かなのだが、何だか煮え切らない読後感に困惑してしまった。それは最終話で、1つずつ、丁寧に、物語の「タネ」が明かされたことが原因だ。これにより、僕は翡翠と香月のことを嫌いになった。本性を知って失望したという感覚に近い。
タネが明かされるということは、自分が描いていた幻想が全くの間違いであるということを、揺るぎない現実とともに突きつけられることと等しい。時としてそれは、「あ、そんなことだったんだ」とがっかりするようなことでもある。翡翠のやたら見下した態度と、香月のイカれた殺人鬼ぶりに、僕はがっかりしてしまった。翡翠に失望したという点では香月に共鳴するところがあるが、殺人鬼を好きになることもできず…。煮え切らない気持ちの正体はこれである。
伏線が回収されるとか、全貌が明らかになるとか、ただ1つの真相を知るとか、それって果たしていいことなのだろうか?すべて余さず解明することは、100ある可能性の99を捨て、1にすることだ。残った1に失望したとき、その1は価値あるものと言えるのだろうか?手品を面白いと感じるのは、1つのタネを理解した時ではなく、タネを理解できず100の可能性に思いを馳せる時ではないだろうか??
かと言って、この作品の最終章は読みたくなかったとか、そんな風には思わない。最終話に衝撃を受け、ページを捲る手が止まらなくなったのは確かだ。ただ僕は、推理小説というものの楽しみ方にあまり慣れていないのかもしれない。
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